月刊「事マネジメント」( www.busi-pub.com )2020年9月号に弊社シニアプリンシパル加藤守和が『調査と提言「ジョブ型人事制度の実態調査 ~見えてきた導入課題と活用の可能性~」』と題する調査レポートを寄稿しました。月刊「事マネジメント」編集部のご厚意により、全文を掲載します。
1. はじめに
今,ジョブ型人事制度の導入機運が高まっている。終身雇用を前提とした日本型雇用の維持が変化の激しい事業環境下では難しくなってきているからだ。現に,日立製作所や富士通など大手企業が相次いでジョブ型人事制度へと舵を切っており,この流れは不可逆といえるだろう。では,企業各社のジョブ型人事制度に関する実態はどのような様子だろうか。コーン・フェリーでは2020年の4~5月にかけてジョブ型人事制度の実態調査を行ったので,その結果を紹介したい。ここでは,概要を中心にまとめているので,さらに詳細なご関心をお持ちの場合は,コーン・フェリーのウェブサイト(Korn Ferry Focus)をご参照いただきたい。

2. 調査の概要
・調査期間:2020年4月1日~5月29日
・調査方法:ウェブサイトにて質問票を回答
・回答企業:有効回答 74社
・参加企業のプロフィール:資本系列では,国内系企業が8 割を占め,外資系企業は2 割程度であった。特に業種を限定した調査ではないが,製造業が過半数を超える割合になった。また,企業規模は約半数が1,000人以上規模の企業の参加となった。

3. 調査結果から分かること

(1)ジョブ型人事制度の導入・検討実態
まず,現時点で導入している人事制度の類型をお聞きした。人事制度の類型は,大きくはジョブ型制度,役割等級制度,職能等級制度に分かれる。ジョブ型制度は個々の職務価値(ジョブサイズ)を測定して等級格付けする仕組みを指す。役割等級制度は役割定義に基づき等級格付けをする仕組みであり,職能等級制度は個々人の能力を測定し等級格付けをする仕組みである。調査結果からすると,概ねそれぞれ三分される結果となった。ただし,ジョブ型制度と役割等級制度は仕事基準,職能型制度はヒト基準の人事制度であることを考慮すると,既に3分の2の企業が仕事基準の人事制度を導入しているといえる。
次に,ジョブ型人事制度の導入・検討状況をお聞きした。この設問は,企業規模によって大きく結果が分かれた。1,000人以上の企業では,「導入検討中」を含めると7割強の企業がジョブ型人事制度の導入に前向きであることが分かった。一方で,1,000人未満の規模では, 4 割程度にとどまった。すなわち,大企業ほどジョブ型人事制度の検討を進めていることが分かる。その理由は役割等級制度での適正処遇には限界があるためと考えられる。大企業では,役職者の職務価値(ジョブサイズ)に大きな幅が出てくる。同じ部長でも,経営に大きな影響を与える部長もいれば,定型性の高い業務を管理する部長もいる。役割等級では,これらの違いを認識して区分することが難しい。そのため,大企業では仕事ベースの人事制度のなかでも,一歩踏み込んだジョブ型人事制度の検討が進んでいるものと推察される(図表1 )。

● 図表1  ジョブ型人事制度の導入・検討状況

導入検討の理由は,「貢献度に応じた適正処遇」「職務内容の明確化」「専門人材の育成」がトップ3 に挙げられる。ジョブ型人事制度は,職務内容を明らかにし,職務価値に応じて処遇することが可能な仕組みである。その根本的な機能を期待して,導入・検討する企業が多いといえる。また,ジョブ型人事制度は人材育成という点でも有効である。職務ごとに求められる人材要件が明らかになるため,より精度の高い人材育成が可能になる。昨今,エンジニア系の職種をはじめとして,専門人材の獲得・育成は企業にとって大きな人事課題となっている。従来は,専門人材の育成は所属部門に委任してきた企業がほとんどであったが,いよいよ本腰を据えて取り組んでいく企業が増えている。獲得・育成にあたり,そもそもどのような職務を任せ,どのような人材が必要かを明らかにしておくことが望ましい。個々の職務と人材要件を明らかにすることで,ジョブ型人事制度を専門人材の育成に活用していく考え方は今後のトレンドになりうるだろう(図表2 )。

● 図表2  ジョブ型人事制度の導入検討理由

ジョブ型人事制度の適用範囲では,約75%の企業が人事制度全体(等級・評価・報酬制度)に適用するという結果であった。旧来の年功序列的な人事制度を持つ企業からすると,ジョブ型人事制度の導入はハードルが高い。そのため,かつては等級制度や報酬制度に限定した部分的な導入をする企業もあったが,現在では少数派といえる。たとえハードルが高くとも,「貢献度に応じた適正処遇」や「職務内容の明確化」等の狙いを実現するために,全面的にジョブ型人事制度を適用する企業が増えている。適用対象は,「管理職層」が最も多い結果となった。従来から管理職へジョブ型人事制度を適用する企業は多く,この結果はうなずける。しかし,「現場リーダー層」「一般職層」を対象としている企業も多いことが,今回の調査で分かった。管理職以上の一定階層のみに限定して導入するのではなく,会社全体としてジョブ型人事制度へシフトしつつある日本企業の実態を示しているといえる(図表3 )。

● 図表3  ジョブ型人事制度の適用範囲,適用対象

(2)職務記述書の導入・検討実態
 職務記述書の整備状況は,「今後作成予定」も含めて職務記述書を持つ企業と持たない企業で約半々に分かれた。ジョブ型人事制度とは,職務価値(ジョブサイズ)に基づき等級格付けし,その等級ごとに相応しい評価・報酬を実施する仕組みを指す。そのため,職務記述書を持たなくとも,ジョブ型人事制度の構築・運営は可能である。職務記述書の整備・運営は組織変更や職務内容の変更の都度,アップデートが必要になるため,大きな人事運用の負荷になりうる。海外では,職務記述書は採用時や配置転換時に示すことが求められる重要なアイテムであり,現場マネジャーのリテラシーも高い。しかし,日本企業では,職務記述書をもとにコミュニケーションをとるビジネス慣習はなく,現場マネジャーのリテラシーも低い。そのため,導入時に多大な工数をかけて整備したものの,形骸化してしまうケースも少なくない。一方で,職務記述書を持つことで,職務価値(ジョブサイズ)の納得性を高め,組織内で各メンバーの役割を明確にするメリットも得られる。職務記述書を持つか,持たないかについては,投入する工数と得られるメリットを十分に検討したうえで,判断する必要があるだろう。
職務記述書に含まれる情報としては,「職務に求められる役割・責任」「職務に求められる能力・スキル」「職務の目的」がトップ3 に挙げられた。これらの情報項目は,その職務は何のために(職務の目的),何を責務として(職務に求められる役割・責任),どのような人材が遂行すべきか(職務に求められる能力・スキル)を明らかにするものである。このような情報を職務記述書に載せることにより,単に職務価値(ジョブサイズ)の妥当性を示すだけではなく,人材育成に活用可能なものにすることができる(図表4 )。
● 図表4  職務記述書の整備状況,情報項目
(3)職務評価の実態
職務評価の実施は,大きく2 つの方法がある。1 つは,職務評価の手法を持つ組織・人事コンサルティングファームとパートナーシップを組んで行う方法,もう1つは自社内での実施である。概して,組織・人事コンサルティングファームは,職務の内容を要素分解し,個々の要素ごとに点数を付ける科学的アプローチをとる。一方で,自社内では,売上や利益,組織規模や難易度等を参考情報として,やや意思決定者の主観に寄ったアプローチとならざるをえない。企業規模によって外部活用の度合いは異なり,1,000人未満の企業では4 割程度に留まっているが,1,000人以上の企業では6割近い企業が外部活用をしている。これは,大企業ほど判断の難しい役職が多いことに加え,説明責任の観点から実績ある手法を採択する企業が多いためであろう。実際のパートナーシップ先としては,外資系組織・人事コンサルティングファーム3 社(コーン・フェリー/マーサー/ウィリス・タワーズワトソン)で約7 割を占めている(図表5)。職務評価は海外で生まれた手法であり,外資系組織・人事コンサルティングファームに知見が集積しているためでもある。これらの企業は,報酬調査も行っている点も特徴的である。各社の手法で職務価値(ジョブサイズ)を測定することで,労働市場において同等の職務価値(ジョブサイズ)の報酬水準を把握することができる。報酬制度の参照情報としても,これらの外資系組織・人事コンサルティングファームは活用されているものとみられる。
● 図表5  職務評価の外部ツール活用
(4)今後の課題
今後の課題は,「経営陣・現場責任者のジョブ型制度への理解不足」「組織変更やポジション新設に対応しきれない」「柔軟な人事異動の阻害」などが主に挙げられた。ジョブ型人事制度は,組織設計や人員配置と密接に関わりのある仕組みになる。職能資格制度においては,職務と処遇が切り離されているため,特段の制約なく組織変更や柔軟な人事異動ができた。役割等級制度もジョブ型制度よりは,職務と処遇の結びつきが緩やかなため,一定の自由度があったといえる。しかし,ジョブ型制度においては,組織変更や人事異動が処遇に直結するため,より組織や人員配置に向き合うことが求められる。戦略を実行するために,最適な組織設計を行い,適切な人材を配置することが大原則になる。処遇のための組織設計や思いつきの人事異動など,もってのほかということになる。ジョブ型人事制度においては,効率的に組織が設計されているとともに,人事異動や登用も計画的に実施すべきである。だからこそ,経営陣・現場責任者の理解不足や組織変更・人事異動に関する課題意識が挙がっているものと推察される。これは,健全な課題意識であり,ジョブ型制度の導入を契機に,より戦略的に組織設計や人事異動を行わなければならないことを示唆しているといえる(図表6 )。
● 図表6  ジョブ型制度の今後の課題
4. 今後の活用への提言
~ジョブ型人事とリモートワークとの相性に要注目~
調査を終え,大手企業を中心にジョブ型人事制度へと日本企業が大きくシフトしていることが分かった。コロナ禍の影響を受けて,ジョブ型人事制度の要請は増えていくだろう。コロナ禍によって日本経済は大きなダメージを受けている。この苦境を生き残っていくためには,人件費の適正化は避けて通れない。多くの企業に終身雇用や年功的賃金を維持する余裕はなくなる。職務価値の高低によって処遇を決めていくジョブ型人事制度は,人件費の適正化のための有力な選択肢といえる。また,リモートワークがニューノーマル(新常態)の働き方になることを想定すると,ジョブ型人事制度もリモートワークとの相性の観点からも有力な選択肢になりうる。リモートワークは個々人がある程度の責任をもって,仕事を完結することが求められる。ジョブ型人事制度は,職務と処遇が直結するため,職務に向き合わなければならない仕組みである。ジョブ型人事制度においては,職務内容や達成基準について上司・部下間での意思疎通は欠かせないものであり,リモートワークに適した人事制度といえる。
ただし,ジョブ型人事制度といっても,欧米の仕組みをそのまま入れれば良いというわけではない。ジョブ型人事制度の趣旨を尊重したうえで,日本企業に合った形で導入する必要がある。本実態調査は,日本企業の動向そのものを示している。本実態調査がこれからの各社の検討の参考材料になれば,これ以上の喜びはない。各社とも,自社の人事制度改革で何を実現したいかを改めて考え,流行に踊らされることなく,地に足のついた人事制度改革を行うことを期待している。
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コーン・フェリー・ジャパン シニア プリンシパル

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