世界中で進行するインフレーションは各企業の報酬政策にどのような影響を与えているのか? 米国コーン・フェリーのコンサルタント2名による調査レポートでは、複数のツール(金銭的報酬と非金銭的報酬)を使い分けていることが明らかになりました。

コーン・フェリーTom McMullen、Brian Reidy 著

 

米国のインフレ率は8.5%と過去40年間で最も高い水準にあり、企業は2つの重要課題に直面している。

  • 自社の昇給をインフレ率にどの程度合わせるべきか?
  • 社員の疑問:「私の給予はインフレに対応して(上がって)いるのか?」

米国労働統計局(BLS)が行った調査[1] によると、"米国の民間企業にとって人件費はコスト全体のおよそ3分の2を占めるため、インフレの重要な予測因子であると一般には考えられている "。この研究をインフレと従業員報酬の関係を表すものだとすれば、BLSの研究者は「人件費の増加率とインフレ率、それぞれの周期的な変動を解釈する際にアナリストは注意すべきだ」としている。

本稿では、いくつかの関連要因の検証とコーン・フェリーが実施した調査結果をもとに、このような難しい人材環境に対処するための善処策を企業に提供する。

 

米国や世界のインフレを牽引しているものは何か?

▼過去に類を見ないほどのインフレ率 消費者物価指数(前年同期比)

 

現在の消費財やサービスの価格高騰は、いくつかの要因によって引き起こされている。

  • 人件費の高騰、特に低賃金労働に対する人件費
  • ロシアのウクライナ侵攻による原油価格高騰
  • サプライチェーン圧迫による価格上昇に加え、直近までの歴史的低金利により、消費者は徐々に支出を増加
  • 2020年以降の歴史的な住宅在庫の減少による、住宅購入価格と賃貸料の押し上げ

この状況をさらに悪化させたのは、米国経済が国内の多くの地域で 「人材募集」を続けていることだ。特にSTEM(科学、技術、工学、数学)分野では、優秀な人材や重要な専門分野での獲得競争が激化。多くの従業員がこの機会を利用して転職し、今の会社では直ぐに実現しない昇給や昇進、職場環境を得ようとしている。

  • www.statista.com によると、2021年には米国の民間労働力1億6390万人のうち42%(6900万人)が仕事を辞めて他の企業に転職し“Great Resignation”(大量離職)と呼ばれている。こうした転職は転職者にとって実質的な賃上げの機会を生み出し、企業間の転職では10~20%の上昇率を実現することが多い(以下の図参照[2] )。
  • STEM分野では、人材への需要が供給を大きく上回っており、Wall Street Journal[3] によると「第1四半期に、米国の企業は110万件の技術職採用ポスティングを行い、その数は前年同期比43%増となった」という。

▼転職時の給与アップ率の分布

 

このような中、コーン・フェリーの調査によると、現在の人材獲得競争において、リーダーはいくつかの手段(金銭的および非金銭的報酬)を用いていることが明らかになった。この調査は2022年初めに実施され、24の産業セグメントに属する116カ国の組織から5,000を超える回答を得た。

 

報酬プログラムにおけるインフレの考慮

コーン・フェリーでは、自社にとって妥当な市場における人件費水準と生計費、ならびにインフレ率の状況に基づいて、基本給改定予算の策定を推奨している(サイドバー参照[4] )。WorldatWorkやSalary.comなどの調査によると、ほとんどの企業は人件費をベースに予算を組んでおり、生計費やインフレ率をベースにしている企業は15-20%に過ぎない。

BLSの調査が示すように、人件費とインフレ率はしばしば正の相関を示すものの、必ず連動するわけではない。過去10年の多くにおいて、昇給率の上昇はインフレ率の上昇を上回っている。さらに、インフレ率は人件費よりも変動が大きく、一過性の指標であることが多い。基本給は、職務をしっかり全うしている従業員に対して組織が支払う賃金の基本部分である。そのため、基本給の変動幅は、短期や長期のインセンティブ報酬など、設計上大きな変動が想定される他の報酬構成要素よりもはるかに小さい。

したがって、組織が現在のインフレ環境に対応するために報酬を調整する必要に迫られた場合、従業員に対して固定的に支払われる基本給の恒久的な上昇ではなく、変動報酬プログラム(臨時の事象に対する1回限りの報酬)の一部として考慮されるべきである。ただ、これまではこのような対応は限定的だった。

組織では、報酬の優先順位が複数存在する。考えるべき重要な点は、インフレに対応するための変動報酬の優先順位を、以下のようなプログラムと比較してどこに位置づけるべきか、ということである。

  • 昇給予算全体
  • 給与の社内公平性の観点から必要な調整
  • ホットスキル市場に対応する調整
  • 人材確保のためのサインオンボーナス(入社一時金)、リファーラル手当(紹介手数料)、リテンション(引き留め)ボーナス、
  • 優れた仕事に対する認知のためのプロジェクトボーナス、社内表彰制度など

また、インフレ調整の対象者(全従業員、低賃金職種の従業員、ほとんどの職種の低賃金従業員)にも優先順位がある。調査によると、インフレ緩和を行うほとんどの雇用主は、全従業員ではなく、インフレ対応の必要性が高い従業員を対象にしていることが分かっている。


人件費と生計費

人件費は、国や地域において、産業や職種内の労働力需給で決まる。つまり、各地における採用と雇用維持のためのコストを表す。したがって、「総人件費」は、各地のすべてのジョブに対する外部労働市場の給与慣行を反映している。

生計費とは、ある地域内で一定の生活水準を維持するために必要な費用のこと(人々が払う消費財、交通費、医療サービス、住宅費、税金などのマーケット・バスケット方式に基づく商品やサービス)。生計費は、都市別の生計費を比較するために参照することができる。


 

基本給引き上げ予算

世界のほとんどの組織で、2022年の昇給予算総額の中央値が、2021年秋に計画していたものよりも上昇していることが報告されている。例えば、米国の基本給の中央値は3.0%(夏頃)から3.5%(中央値)、4.0%(平均値)へと上昇した。同じ期間に、英国は2.5%から3.0%、オーストラリアは2.4%から3.0%、ブラジルは6.1%から7.4%、トルコは18%から30%へ上昇している。

ほとんどの組織は、基本給の引き上げ予算を市場の引き上げ予測と自社が関連する人材市場に対する競争力の評価に基づいて設定している。通常、競争力に欠ける組織は市場よりも高い昇給率を予算化し、競争優位にある組織は低い昇給率を予算化する傾向がある。

また、報告されている市場の昇給情報は、しばしば控えめであることも理解しておく必要がある(例えば、米国では1%もの差がある)。多くの組織(約50%)は定期以外の昇給を報酬予算予測に含めていない。定期以外の昇給には、昇進昇格給、ペイ・エクイティ(同一労働同一賃金)、ホットスキル調整、カウンターオファー(退職意向の社員への処遇改善提案)などが含まれる。

また、ほとんどの組織(80%)では職務別の昇給を実施していないが、労働力の需要と供給の不均衡の影響を受ける特定職務については、割増賃金の予算を確保する傾向がある。コーン・フェリーの直近の調査では、IT、アナリティクス、エンジニアリング、セールスなどの部門がこれに該当している。

これらの様々な昇給を昇給予測に含めるかどうかは、企業の慣行によって大きな違いがあるため、組織は昇給予測データをいくつかのインプットのうちの一つとして活用する必要がある。一般的に、昇格、内部公平性調整、市場調整、主要貢献者の昇給、その他のオフサイクル昇給を予測に含めるか否かは、組織によって異なる。その結果、予測される昇給率は、基本給の昇給部分に限定されているとすると、予算全体の25~33%(例えば、米国市場では1%ポイント)ほど、実際の昇給の総予算を下回っている可能性がある。組織は、各種機関から発表された昇給予測情報を方向性のみで解釈し、不確定要素を含む外部市場データに過度に反応するのではなく、内部のニーズと目標に焦点を当てた議論が必要となる。

 

従業員への昇給の配分

コーン・フェリーの調査では、過去10年とは異なり、ほとんどの組織が今年、大半の従業員に昇給を認めていることが分かっている。具体的には:

  • 80%の組織が75%以上の従業員を昇給
  • 70%の組織が90%以上の従業員を昇給
  • 60%の組織が95%以上の従業員を昇給
  • 45%の組織が 100% の従業員を昇給

このように昇給する社員の割合が高いと、パフォーマンスの違いによって昇給率に大きな差をつけることができない。一般的な慣行は、平均的なパフォーマーとハイパフォーマーの間の昇給率の差が1.5倍である(例えば、極めて優秀なパフォーマーは4.5%の昇給を受けるのに対し、優秀なパフォーマーは3.0%の昇給)。

基本給の管理プロセスについて、大多数の組織がパンデミック前とほとんど変化がないと報告している一方で、従業員の報酬増額についてより詳しい検証、調整、管理プロセスを活用している組織が増えている。これらは、現在の環境において人事部門が果たす影響と役割が増していることを示している。

 

その他の主な報酬変動要因

アンケートの結果、報酬の重点分野については、パンデミック前に比べて以下の手段をさらに活用していると回答している:

  • 通常のボーナス以外の特別なインセンティブ/ボーナス(利用率20%増)
  • サインオンボーナス、リファーラルボーナスの利用拡大(18%増)
  • リテンションボーナス(18%増)
  • ESG、CSRの指標を役員インセンティブプログラムに導入(17%増)

 

非金銭的報酬が持つ重要な役割

報酬には、組織が従業員に提供する「価値」に相当するものすべてを含む。これは現金報酬や福利厚生をはるかに超えうるものである。組織のリーダーは、従業員とより深い信頼関係を築き、従業員に成長の機会を提供する方法を模索している。1年前よりもはるかに多くの企業が下記のような非金銭的報酬に注目している:

  • 調査対象者の40%が従業員のつながりや組織の受容(インクルーシブ)力を高めるために、マネージャーやリーダーを育成する人材開発投資を増やしている
  • 36%が重要な組織改革の優先事項に関して従業員との関わりを深めている
  • 31%が従業員の成長とキャリア開発の機会についてより明確な情報を提供している
  • 30%が従業員の仕事を組織のミッション、ビジョン、バリューと結びつける努力をしている

 

今後検討すべき事項

この最も困難な報酬環境において、企業は自社の提案する「価値」が、人材獲得、リテンション、エンゲージメント向上に効果的につながっていることを確認するために、様々な手段を用いている。私たちは、企業が全体的な報酬予算と特定の職務に対する報酬予算を増やし、ターゲットとなる変動的賃金やボーナスの使用も増やしていることを目の当たりにしてきた。

今後、以下を検討されることをお勧めしたい:

  • 自社が関連する人材競合市場の人件費と生計費/インフレ率に基づいて、基本給の引き上げ予算を策定する
  • 不確定要素を含む市場データに依存しすぎるのではなく、一般に公開されている複数の情報源を参考にしながら、組織のニーズや優先事項を反映した報酬予算を策定する
  • プロモーション、カウンターオファー(退職意向の社員への処遇改善提案)、ペイ・エクイティ(同一労働同一賃金)調整、ホットスキル調整、インバンド・ラテラル(異動などの職務変更による調整)などを含むオフサイクルの調整の規模、対象範囲とその管理方法について検討する
  • サインオンボーナス、リファーラルボーナス、リテンションボーナス、プロジェクトボーナスなど、重要な人材を惹きつけ、定着させるための報酬手段を活用する
  • キャリア開発、組織変革への取り組み、仕事の意味づけ、優れた貢献に対する認知など、非金銭的報酬を創造的かつ思慮深く運用

最後に、組織で最も優れた報酬プログラムは、洗練された戦略や設計とは対照的に、最も“効果的に実施”されたプログラムであることが一般的に知られている。ここでいう「効果的な実施」には、経営リーダーの関与と連携、管理職へのサポート、ならびに従業員に対する直接的なわかりやすいコミュニケーションなどが不可欠になる。

 

Tom McMullenはコーン・フェリーのシカゴオフィスに籍を置くシニアクライアントパートナーで、 ESGや役員報酬領域を専門とする。

Brian Reidyはコーン・フェリーのシアトルオフィスに籍を置くシニアクライアントパートナーで、報酬や福利厚生領域を専門とする。

 

[1] U.S. Bureau of Labor Statistics: “The Relationship Between Labor Costs and Inflation: A Cyclical Viewpoint” by Anirvan Banerji

[2]BurtchWorks, 2019 Update: Analytics Salary Increases When Changing Jobs

[3]Wall Street Journal, "Tech Wage Inflation Puts Pressure on Companies".

[4]Economic Research Institute: “Cost of Labor vs. Cost of Living”, by Linda Cox

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