ジョブ型は「両輪の経営」を実現し日本企業を大きく変える可能性があるーコーン・フェリーのシニアクライアントパートナー綱島邦夫が新たに上梓した書籍に込めた思いを述べます。

ジョブ型と課長の仕事 役割・達成責任・自己成長
綱島邦夫・著/日本能率協会マネジメントセンター・刊
2021 年5 月19 日発売/1,760 円(税込み)

 

本書の意義と狙い 

「ピラミッド経営」から「両輪の経営」へ転換し、成長力を復活させる。生産性とイノベーションのためにジョブ型システムを活用し、社員のパワーを解放する

多くの日本企業は高度経済成長期(陽の時代)を終えた過去30年間、イノベーションと成長が止まる「陰」の時代の中で苦闘しています。その理由の一つは世界の企業に比べて日本企業の運営が「片輪」の経営になっていることにあります。激しい乱気流の中で厳しい株主の要求に対峙し、事業と組織の構造改革に取り組み、M&Aを駆使し、会社の命運を一身に担う経営者の皆様の使命感に支えられた奮闘には本当に頭が下がります。しかし、もう一つの車輪である社員力が駆動していないという印象を強く感じます。一方の車輪だけでは車はその場で円周を描くように回転し、前進することができません。

これは社員の皆様が怠けている、ということではなく、組織という、何もしなければ自然に劣化し、社員の時間とエネルギーを吸い上げていく得体の知れない力の中でもがいているように思います。顧客や社会という外の世界でなく、会社の中を向き、指示を受け、一所懸命に働く多くの社員の活動が付加価値を生まない、ルーティンの作業になっている、ワクワク・ドキドキという感覚で求められる以上の仕事をする社員が少ないということです。米国西部や北欧で成長したGAFA的な企業、中国の深圳の新興企業、日本の少数のベンチャー企業にみられる自由闊達なチームで動く組織風土がほとんど消滅しているように見えます。今の多くの日本企業は1980年代の米国企業、社員は経営者の指示を待ち、言われた作業をこなし、時間に応じた報酬を受け取り、成果には責任を持たないという状態に酷似しています。これでは当時の米国企業がそうであったようにイノベーションと成長は生まれず、リストラ(モグラたたき)を繰り返す悪循環からの脱出は望めないと思います。また、素晴らしい歴史と伝統を持つ一流の企業が残念な不祥事を起こしてしまうといった現象も現場の第一線の淀んだ組織風土、自由にものを言えない雰囲気と言う底通する原因があり、これを克服しなければ、コンプライアンスとリスク管理のためのガバナンスの仕組みを強化しても病は繰り返すことになります。さらに、社員の手足を縛る内向きの仕事が益々増え、顧客や社会に付加価値を生む創造的な仕事はできなくなります。

こうした問題意識の中で2020年の1月に経団連が発した「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への転換というメッセージは千載一遇のチャンスであると私は考えています。すべての社員が個性に目覚め、自分に適したジョブを選択し、顧客・社会起点で問題を発見し、解決するためのリーダーシップをボトムアップで縦横無尽に発揮する、厳しいが「やりがい」という報酬を得る世界の実現が可能になるからです。もちろん、ピラミッド型の上意下達の組織運営が維持されたままではジョブ型は成立しません。ジョブ型の本質は責任を第一線に委譲することだからです。ジョブ型では社員は専門知識を磨き、専門知識を使って顧客や社会の問題を発見し、その解決を通じて付加価値を作り、誰かに貢献することが求められるからです。指示された作業を行う、タスク型ではなく、自発性、自律性が求められるからです。個が集団に埋没することなく、個性を発揮することがジョブ型制度の成功の鍵だからです。こうした思いをベースに第一線で活躍する社員の中核になる課長級の社員の皆様への令和の時代の新しい行動指針になるという願いを込めて新しい本を書きました。制度や仕組みを作っても社員の意識、行動が変わらなければ折角の努力が実を結ばないからです。タイトルは『ジョブ型と課長の仕事:役割・達成責任・自己成長』といたしました。ご笑覧いただければ幸いです。

ドラフトの段階で課長級の社員の皆様の意見を伺いました。いろいろな批判を受けました。特に、この本に書かれていることは理想論であり、長い歴史の中で凝り固まった組織風土の実態を認識していないのではないかというコメントを多くの方からいただきました。しかし、私自身、1980年代の半ば、米国企業が苦闘した時代、シリコンバレーの近くで生活をしていたのですが、その時の若い事業家や老練なベンチャーキャピタリスト達の言葉を思い出します。マクロの環境に文句を言っても仕方がない、自分達でできるミクロなことを始めよう、ということでした。そして彼らの努力は30年後の2010年代に大きな実りを迎えることになりました陰の時代の沢山の無名の人々の志と努力が次の陽の時代を生む、というのは不変の歴史法則であると感じる次第です。

 

ジョブ型での経営者と課長の役割(上下関係から両輪の関係へ)

本書でいう課長はタイトルを意味するものではなく、第一線で顧客・社会と向き合い、部下を束ね、リードする存在です。多くの企業では課長という名称は使われなくなり、グループマネジャーやリーダーと呼ばれています。

 

ジョブ型課長のSix Essentials (六つの基本)

  1. 中核管理職になる:トップダウンの指示を実行する中間管理職でなく、自らのジョブを定め、ボトムアップでイノベーションと企業の成長に貢献する中核管理職になる。
  2. 21世紀のパラダイムを主導する:「競争に勝つ」でなく、顧客と社会への価値創造の為に組織のメンバーと縦横無尽に協力する。
  3. チームの目標管理を推進する:上意下達の目標管理でなく、本来の目標管理(Management by objective and self control-自ら考え、目標を定め、自主的に管理する)を実践する。
  4. 役に立つスキルを磨く:チームの活力を創るリーダーシップ、対話を通じて人と共鳴するコミュニケーション、そして想像と構想を生みだす思考の技術を学び、実践する。
  5. マネジメントの焦点を理解する:21世紀の新なテーマ(コンプライエンス、リスク、D&I、SDGs)と不変のテーマ(顧客起点の行動)に焦点を当てる。
  6. 自らの運命を支配する:自らの個性に目覚め、ジョブを選び、学習と成長を続ける。専門性を深め、同時に視野を広げ、顧客と社会に貢献する。

企業が持つ技術・知識・ノウハウや顧客の思いの変化を感じるセンサー、問題を発見し、解決し、企業の思いやビジョンを実現するパワーはすべて第一線の社員の中に潜在しています。その力を健在化するには現場の第一線で社員を束ね、顧客に対峙する課長級の社員の行動変容が求められていると思います。

 

本書で奨励するジョブ型課長の姿勢と行動特性(Eight Disciplines/8つの規律)

 

経営者と人事部門の皆様に検討頂きたいこと

本書はジョブ型を実践する課長級社員の皆様の行動変容を支援するための基本Essentialと規律Disciplineの紹介を目的にしています。人事の制度やプログラムのあり方については語っておりません。しかし、彼らがジョブ型課長として活躍するために背中を押し、束縛を取りのぞく必要があります。人事の制度、プログラムが適切に作動するための創意工夫が求められます。

多くの日本企業は1990年代から2000年代にかけてジョブ型制度(当時は職務型と呼ばれていた)に取り組みました。しかし、「虚妄の成果主義」「内側から見た富士通、『成果主義』の崩壊」という本(いずれも2004年に出版)がベストセラーになったように日本企業の取り組みは良い結果を生みませんでした。その理由は単純です。日本企業が導入したのは米国の伝統的企業の衰退の原因になった、タスク型の制度(社員は経営がトップダウンで求めるタスクを実行し、時間に応じて報酬を受けとり、成果には責任を持たない)を誤って導入してしまったことにあります。その反省なくしてジョブ型制度の成功は望めません。以下の七つの視点が重要です。

  1. ジョブの意味を正しく共有する:ジョブ(仕事)とタスク(作業)の違いを粘り強く伝える。ジョブとは専門知識を使って、問題を発見し、解決し、付加価値を生み出す創造的な活動であり、定まったルーティンを行うタスクとは別物であることを全社員に共有する。専門知識だけでは宝の持ち腐れであることを理解させる。これは現場の第一線で営業や事務のオペレーションを担う、すべての社員を対象にするものです。
  2. ジョブを実践するスキルの教育に投資する:ジョブを実践するには顧客や社会へのアンテナと感度を高め、チームを創り、問題を発見し、解決するリーダーシップ、コミュニケーションと(分析思考を超える)思考の技術が求められます。一朝一夕に身につくものではなく、「形」を学ぶことが重要。さもなければ、形無しであり、何の役にも立たないことを伝えます。また、米英を中心に発展した20世紀型の競争を過度に意識する戦略経営の呪縛を解き、21世紀型の顧客・社会への価値創造経営へのマインドシフトの転換を支援する必要があります。
  3. 責任の委譲をすすめる:ジョブ型の本質は成果責任の社員への委譲です。社員はタスクを行い成果責任は経営者が持つというタスク型とは全く異なります。上位下達の目標管理でなく、社員による自主的な目標管理が必須です。創業期のヒューレット・パッカードで生まれ、インテルに引き継がれたManagement by objective and Self control、(今日ではOKRと呼ばれる)アプローチの復活が必要です。
  4. 等級・評価・報酬制度の目的は「成長支援」と「フェアネス」であることを明確に共有する:スポーツ、芸能やアカデミアのプロは評価や報酬は求めるものでなく、後からついてくるものであることを知っています。ビジネスの世界でもワクワク・ドキドキしながら夢中で仕事をしている瞬間は誰も評価や報酬を意識することはありません。しかし、自ら選び、夢中で取り組む仕事でなく、会社から求められるタスクを行う場合、人は会社による評価と報酬を気にしはじめます。人間は感情の動物です。妬み、嫉みから自由になることはできません。完璧でどの会社にも適合する一般解はありません。等級制度が社員の成長をサポートし、評価・報酬がアンフェアになっていないことを目的にしているという旗を降ろさず、改善、改良を地道に続け、社員の信頼を得ることが王道です。
  5. 社員のエンゲージメントを向上させる:社員のエンゲージメント、ジョブに対するコミットメントはジョブ型の生命線です。メンバーシップ型では健康診断的な意味しかなかったいわゆる社員意識調査はジョブ型の世界では企業の成長と発展のKPI(重要業績指標)です。調査結果が毎年向上しない企業には不祥事が継続し、イノベーションと成長が生まれることはありません。エンゲージメントはお金で高まるものではありません。会社の存在理由への共感、顧客や社会に価値を提供し、なくてはならない会社であるとのプライド、仕事のやりがい、良いチーム、誰かの役にたつ喜び、学びと成長の機会という心理的報酬によって高まるものです。
  6. 自由にものを言える風土を必死に守りぬく組織にはヒエラルキーが必要です。意思決定と実行なき組織は機能しません。しかし、ヒエラルキーは必要以上に肥大化するものです。身分の序列、権威の序列になります。現場の社員が自由にものをいえる雰囲気と風土を必死に守り抜く、危険の兆候を注意深く探し、消し去る努力の継続が必要です。経営者が大きな判断を間違うとき、経営者が予期せぬ不祥事に遭遇するケースに共通するのは現場の第一線の社員が知っていることが、経営者に届かないという状況です。最近の言葉を使えば「心理的な安全性」が保障されていないという状況です。
  7. 第一線の横方向の協働を加速する:組織は基本的に縦の構造を持ち、組織の第一線が自然に情報を共有し、顧客の問題を発見し、協力して解決するという状況の実現は難しいテーマです。しかし、3項で述べた責任の委譲が縦方向の委譲で終わってしまえば、結果的にはサイロ化を進めることになります。
  8. 社員の個性の多様性を重視する:多くの企業はD&Iへの取り組みを重視しています。しかし、意味のある本当のD&Iは性別や年齢、国籍や人種といった外形的な特徴のD&Iではありません。外形的な特徴が多様であっても個々の社員の個性、内面的な思想や価値観、アイデアが同質であって、イノベーションは生まれません。

 

 

著者(綱島邦夫)プロフィール

慶應義塾大学経済学部、米国ペンシルバニア大学・ウォートンスクール卒業(MBA)。野村証券で営業部門、企画部門の業務に従事した後、マッキンゼー・アンド・カンパニーNY事務所に入社。国内外の様々な企業の戦略策定にかかわるコンサルティングを行う。マッキンゼー卒業後は、ラッセルレイノルズ、CSC(Computer Science Corporation)インデクス日本支社長を歴任し、コーン・フェリーに参画。コーン・フェリーでは大規模な日本企業のグローバル人事、経営者開発の分野を中心に仕事をしてきた。ここ数年間は中国の新興企業、日本のベンチャー企業との関わりを積極的に開発。日本企業のイノベーションと成長に貢献する道を模索中。ペンシルベニア大学ウォートンスクールExecutive Education Boardの理事を務める。国籍や業界を横断する多様なメンバーとの交流を通じて世界の組織・人材開発の潮流、特に米国や中国のGAFAM的企業の取り組みを学ぶ。主な著書に『成功の復讐』『社員力革命』『エグゼクティブの悪い癖』『事業を創る人事』(以上、日本経済新聞出版社) 『役員になる課長の仕事力』『強靭な組織を創る経営』(以上、日本能率協会マネジメントセンター)。その他、共著として『マッキンゼー成熟期の成長戦略』『マッキンゼー変革期の体質転換戦略』『取締役革命』『グローバル人事』など。

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