長引くコロナ渦の影響で新たな働き方への変革が強制的に進んだ2020年。対面状態からリモート環境への変化に伴い、組織サーベイによる社員の状態把握・意欲向上の施策の重要度が一層高まっています。しかし、「サーベイすれども活用されず」「サーベイ過剰によるサーベイ疲れ」といった新たな問題も顕在化し、リモート環境で社員の意欲を高めるには、丁寧なフィードバックと対話がさらに重要度を増しています。『サーベイ・フィードバック入門――「データと対話」で職場を変える技術【これからの組織開発の教科書】』が日本の人事部「HRアワード」2020書籍部門優秀賞を受賞した立教大学経営学部教授である中原淳氏を招き、社員エンゲージメント向上の鍵となるサーベイ・フィードバックに焦点をあてたディスカッションを行いました。
講師:
立教大学経営学部教授 中原 淳氏
コーン・フェリー・ジャパン Senior Client Director 岡部 雅仁氏
■日本企業の社員エンゲージメントの現状と課題
- エンゲージメント向上のカギを握るサーベイ・フィードバック
始めに岡部氏が登壇し、日本企業の社員エンゲージメントの現状と課題について解説した。岡部氏は、企業において業績相関の高い結果指標として「社員エンゲージメント」と「社員を活かす環境」を挙げる。「社員エンゲージメント」とは、「会社に対する長期的なロイヤリティや貢献意欲が醸成されているか(コミットメント)」や「与えられた“以上”の仕事に取り組む姿勢が醸成できているか(自発的努力)」を示す個人の側の指標だ。「社員を活かす環境」とは、「自分の興味・関心がある分野で能力・経験を活かせる機会があるか(適材適所)」や「仕事の生産性を高める職場環境が整っているか(働きやすい環境)」を示すどちらかと言えば組織の側の指標だ。
「コーン・フェリーのエンゲージメント調査参加企業グローバル700社で、これら二つの指標のスコアにおいて“上位4分の1にある企業”と“下位4分の1にある企業”を比較したデータをみると、1年ほどではあまり差がありませんが、5年経過すると売り上げの伸び率や利益の伸び率で大きく差が出ていました。これにより、企業がより強い組織をつくることが業績に大きく影響することがわかります」
しかし、日本企業の「社員エンゲージメント」「社員を活かす環境」のスコアを、世界の企業の平均と比べると、そのどちらも日本企業が低い水準にある。そのうえ、過去10年の推移をみると、ともにスコアは緩やかだが下がっており、状況からは好転の兆しが見えない。
「こうした企業の状況は、何かアクションを起こさなければ変わっていきません。ここでアクションの大きなカギになるのがサーベイのフィードバックです。ただし、日本企業内での社員エンゲージメントのバラツキを見ると、同じ日本企業内でも水準のバラツキは非常に大きく、社員規模や外側からみえる企業ブランドとスコアは必ずしも一致しません。よって、この問題は企業ごとに考えていくべき課題といえます」
では、なぜ多くの日本企業でエンゲージメントが低くなっているのか。その理由は、サーベイを行って指標を測ってはいるが、測るばかりで改善活動を行っていないことにある。
「サーベイ後の改善活動への熱量の違いや本気度合の違いが、スコアに表れていると思われます。私たちが企業様をみていると、きちんとフィードバックを行われている企業はその後にスコアが確実に上がっています。今日はスコアを向上させるヒントをつかんでいただきたいと思います」
コーン・フェリーでは二回目以降のサーベイでは「前回サーベイ後に変化を実感したか?」という旨の設問を設定している。変化を実感したという社員が半数を超えた企業では、確実に次回のエンゲージメントのスコアが上がっていた。逆に変化を実感した社員が半数未満だった企業ではスコアが下がっている。
「この結果は、調査をしたままで放置しておくと、むしろエンゲージメントを悪化させてしまう可能性が高いことを表しています。このデータからもいかにフィードバックが重要であるかがわかると思います。」
ここで岡部氏よりセミナー参加者の会社のサーベイ後のフィードバック状況を共有するためにオンラインでの投票が実施された。投票結果は以下の通り(N=301)。
このオンライン投票結果から「サーベイの結果は全社員に共有されているが、調査後の向上活動についてはスケジュールも曖昧で各職場任せになっており、結果的に全体として十分な職場の関与が得られていない。」というまさに職場でのフィードバックの不足という実態が明らかになった。
最近はコロナ禍でオンライン環境の企業も増えているが、こうした変化により、組織フィードバックの手法も多様化している。「そのため、自社にフィットする方法の検討が必要になっています。ここで大事なことは、方法論を検討する前段として『フィードバック時に何をしなければいけないのか』という理解することにあります。今、人事や管理職はサーベイ・フィードバックについて、より深く学ぶ必要に迫られています」
■サーベイ・フィードバックで実現する職場づくり
60分でわかる「組織開発」の「基本」
- サーベイ・フィードバックとは何か
次に中原氏が登壇。始めにサーベイ・フィードバックの意味について語った。サーベイ・フィードバックとは組織開発で用いられる手法の一つだ。組織開発とは、組織をスムーズに動かすための働きかけのことだ。
「サーベイ・フィードバックとは、組織やチームをスムーズに動かすことに組織調査(サーベイ)を用いることです。そもそも“サーベイ(Survey)=見渡す“、“フィードバック(feedback)=データに基づく対話”という意味があります。組織の状態はブラックボックスになりがちであり、それをサーベイを使って見渡し、データをフィードバックして成果を出すために、一旦立ち止まって話し合おうというものです」
次に中原氏は、サーベイ・フィードバックの一般的な工程をサイクルで示した。
「①見える化:自分の職場・チームの問題を可視化する」→「②ガチ対話:サーベイによって明らかになったデータに現場の人々が向き合い対話を行う」→「③未来づくり:自分たちの将来のあり方を自分たちで決めてアクションプランを得る」。
「ここで期待できるメリットは五つあります。①組織の課題を解決できる、②組織メンバー間の関係を良好にする、③組織のコミュニケーションを円滑化、④組織の生産性を高めることができる、⑤組織の創造性を高める、の五つです」
中原氏はサーベイ・フィードバックが今、注目される理由として二つの理由を挙げる。一つ目はHRテックによる「職場の見える化」技術の進歩だ。
「これによりブラックボックス化した職場、マネジメントの見える化が可能になりました。リモートワークになれば、なおさら“見えない化”が進行するので、需要は高まります」
二つ目はエンゲージメント(組織への貢献意欲)の「見える化」が経営指標として注目されていることだ。
「エンゲージメントを高めると組織の卓越性が向上します。働きがいや貢献意欲が、生産性にも直結するとして国も注目しています。注目が高まることで、結果として組織調査の実施が広がっています」
かくして現在は組織調査(サーベイ)が多くの企業で実施されている。しかし、その一方で、「問題」も多々生まれている。ここで中原氏は四つの問題を指摘する。一つ目は『データをとったはいいものの放置病』だ。データは取得したが、管理職に渡されて、机のなかにしまわれて終わりになっている。二つ目は『調査結果が出ても無風病』。こちらは調査結果が回覧かイントラにあげられて終わりだ。三つめは『ともに忖度して問題隠蔽病』。数字が下がると面倒になるため、管理職もメンバーも忖度して適当につけてしまう。これは実際にあった事例だ。四つ目は『データをむやみやたらに取り過ぎ病』。高頻度でデータを取得するが、データが現場に返還されない。心拍のように何度もデータをとるパルスサーベイも行われているが、フィードバックを確実に行わないと従業員は不感症になってしまう。中原氏は「あなたの組織ではこんな状況が生まれていないだろうか」と語りかける。
「サーベイに回答しても何も改善されないとなってくると、人には無気力が学習されてしまうのですね。そうなるとブラックボックスはブラックボックスのまま。だから、何も対応をとらないのであればやらないほうがいいのです。それくらい覚悟をもってやらないといけないのがサーベイだと思います。ここでもっとも怖いのはサーベイ不感症と学習性無気力病の二つです。また、上司の評価にサーベイを使うことも危険です。そうなると難しい職場は誰も担当したくないと思うようになります」
中原氏は「端的にいえば、組織調査をしただけでは組織は変わらない」と語る。調査データだけで組織は変わらない。組織調査はあくまでも素材であり、それで組織が変わることはないのだ。
「要するにデータは『フィードバック』されなければなりません。そこには『対話=言える化による相互のズレの認識』が必要になります。対話のないサーベイ・フィードバックでは効果が薄くなることは、50年前の研究でも明らかになっています。だからこそ現場へのフィードバックと対話が重要なのです」
ただし、組織を変えるといっても組織というものは簡単に変わるものではない。中原氏は「組織を変えることには、人の負の感情がつきまとうことが多い」と指摘する。多大なストレス、徒労感、やらされ感、罪の意識、怒り、心配、やりきれなさ。そうした常に負の感情が付きまとう。
「だから、組織を変えることは心理戦だと考えたほうがいい。サーベイ・フィードバックも同様です。組織調査の話し合いも心理戦になります」
サーベイ・フィードバックに付きまとう感情にはどんなものがあるのだろうか。一つ目は不安だ。ミーティングがどんな風に進行するか不安になる。二つ目は自己防衛。人は恐れや不安のために自己防衛に走ってしまう。三つ目は恐れだ。フィードバックの結果、どんな報復が行われるかを恐れてしまう。
「しかし、その一方で人は希望という感情も持っています。フィードバックで何かよいことが起こるのではないかと期待している。そうしたサーベイ・フィードバックにおける心理戦を戦うには型が必要になります。だからこそマネジャーには『型=武器』を持たせたい。次はその型について解説します」
- フィードバックにおいてマネジャーが持つべき『型=武器』とは何か
中原氏は、型におけるフィードバックの流れを次のように示した。「①目的説明→②グラウンドルールの提示→③データの提示→④データに対する解釈→⑤未来に向けた話し合い→⑥アクションプランづくり」だ。
①目的説明
中原氏は「組織開発は、ねぎらいと感謝からはじめることが大事」と語る。
「始めに目的と期待を伝えることは重要です。目的説明のイメージは同じ船に乘ってもらう感じでしょうか。ここで重要になる要素をワークショップの世界では『オール(OARR)を握る』と呼んでいます」
OはOutcome(目的・目的)。AはAgenda(スケジュール・進行)。RはRole(期待される役割)。最後のRは Rule(その場のルール)という意味だ。
「このOARRを参加者にきちんとわかってもらうことが大事です。私が実際にフィードバックを行うときも始まりの30分は緊張します。この目的説明さえうまくいけば、ある意味、あとはどうにでもなります。しかし、現場で実践するときは結構この部分を飛ばしてしまいがちなので注意が必要です」
②グラウンドルールの提示
グラウンドルールとは「セーフティネット」であり、建設的な話し合いにするには心の契約が必要になる。
「ルールの内容は会社によって非常に多様ですが、多いのは『聞くのではなく、聞ききる』『質問責任(わからないことは聞く)』『守秘義務を守る』などです。このルールによって不測のトラブルに備えることができます」
③データの提示
まずデータを渡しながら大事なところにフォーカスをあて、サーベイの設問のどこに注目すべきかを伝える。次にポジティブな結果を伝えてから「ねぎらい+感謝」を述べる。最後にポジティブな内容から転換してネガティブな内容も示しつつ、今後の伸びしろストーリーを語る。
「伸びしろストーリーは、『良いところを持続させるためにも、職場の課題を見ていきましょう』という感じで始めます。ここで否定的なことを言うことは厳禁です。それでは心のシャッターが閉じてしまいます。次はベンチマークでデータを語ります。他の職場や時系列で比較しながら、データがよいかどうかを伝えていきます。そして、最後に問題のある部分について『このデータを皆さんはどう思いますか』と皆にボールを渡します。このような展開に持ち込むために、管理職は事前にデータ分析を行い、この職場の何がよくて、何が悪いかを分析しておく必要があります」
④データに対する解釈
中原氏は「ここが一番重要なところ」と語る。なぜなら「データがメンバーに意味づけられてこそ変化が起こる」からだ。ここで中原氏は「対話って、そもそも何でしょうか」と問いかける。
「対話とは『ズレ』に耳を傾けることです。対話とはディアロゴス(相互+言葉)の意味であり、一方的に一人がしゃべくりまくることではなく、相互に言葉を交わすことを指します。また、対話とは『対』です。一人の独立した人間が対面し、話のうえでは『対等』に話していきます 」
ここでもう一つ、対話で大事になる行為を中原氏は示した。それは「対話とは自分の感じていることをポトンと落とすこと」だ。
「相手はそれをいったん拾って、反すうします。私たちは同じ出来事や経験をしても、視点が異なれば違うものが見えています。対話の中でその部分を理解し合うのです」
中原氏は「要するに対話とは気づき」であると語る。その気づきが未来をつくるきっかけになっていく。
「しかし、日本人は対話が苦手だと言われます。私は対話には型やツールといったものが必要だと思っています。そこで一つ、対話のワークショップの手法を紹介しましょう。それは写真カードを使う方法です」
これはメタファー(たとえ)を使ってイメージを伝え合う手法だ。子どもが遊ぶ様子、日常の風景などの写真を50点ほど選び、写真のカードにして相手に渡し、職場の状況や本人の言いたいことをカードを選んで示してもらう。写真選びのコツはある程度抽象的なもの、ネガ的とポジ的な写真を含んでいることだ。
「写真で示してもらうと、その人が何を問題だと思っているかがわかりやすくなります。写真を使うことは話を俗人化させない方法でもあります」
会の進め方は例えば、個別に希望の職場づくりシートをつくって、今の職場のイメージ、来期の職場のイメージについて写真を選んでもらい、一人3分間ずつ発表してもらう。
「ここで発表内容は絶対に否定しません。あとは質問をしてもらいます。感じたことを付箋紙に書きつけて読み上げるやり方でもOKです。ここでの目的は、お互い視点にズレがあるということを認識すること。これこそが対話です」
⑤未来に向けた話し合い、⑥アクションプランづくり
そして最後は、未来に向けた話し合いから、明日からできる具体的なアクションプランに落とし込んでいく。例えば「翌週月曜日からできること」を考える。ここで注意すべき点は「全員が関わるアクションプランをつくる」「アーリーウィンを目指す。中長期的なステップを決める」「悪者探しをしない」「アクションプランはフォローこそ重要」「最後はねぎらいで終える」といったものだ。
「特に今はリモートワークが増えています。個別に仕事をし始めると、組織やオフィスが存在する意味、帰属意識が揺らいでいきます。今後は企業で、こうしたサーベイ・フィードバックといった対話の機会を増やしていく必要があるのではないでしょうか」
■Q&Aセッション
Q:サーベイ施策がうまくいっている企業といかない企業では、どんな点に違いがあるのでしょうか。
中原:一つ思うのは、やはりサーベイのやり過ぎはよくないということです。従業員がサーベイのやり過ぎで、サーベイ不感症や学習性無気力症になる可能性があるのであれば、頻度は抑えるべきだと思います。もう一つは、サーベイを相手にただ渡してしまう「いきなりサーベイ結果投げつけ症候群」にならないことです。まずはサーベイ結果を経営層に戻して意見を聞き、次に管理職クラスに戻しながら、同時に経営層の考えを伝える。最後に一般社員に戻す際には、経営層と管理職の考えも伝えながら戻すというように、丁寧におろしていく伝え方が大事ではないでしょうか。
Q:経営陣にこうした施策が理解されないときに、どのような手を打つとよいですか。
中原:やはり経営陣のコミットは必要です。もし理解がないとしても、役割としてワークショップの開始前などに、経営陣からフィードバックを行う目的について話してもらうとよいと思います。それだけでも従業員の取り組み姿勢は変わってきます。
Q:フィードバックのファシリテーションは組織長が行うべきですか、それとも人事が行うべきですか。
中原:私がおすすめするのは2段階でのフィードバックです。話し合いを部で行うとすれば、まず始めに人事がその部の長と長の右腕や部のキーマンを集め、サーベイ・フィードバックを行い、部の方針を話し合う場をつくります。その後は、部の長とキーマンが下の人たちに同じように展開していくやり方が成功しやすいと思います。なぜかというと、あらゆる組織開発で課題になることは熱量伝播モデルになるためです。つまり管理職だけ引っ張ってきて、その人に熱量を与えて戻しても現場は白けて変化が起きません。やはり一人だけでは現場は変えられないのです。面倒かもしれませんが、組織長とその右腕を引っ張ってきて、どうやってこの組織を変えていくかという対話を行うとスムーズに進みます。
Q:サーベイ結果がよかった組織と悪かった組織を比較することで、わかることがあるのでしょうか。
中原:私は組織間の比較はほとんど行いません。行ってもあまり意味はないと思っています。なぜなら、例えば、営業と経理ではそこで発揮されるコンピテンシーや資質が違ってくるからです。皆さん、組織間の比較をやりたがりますが、それよりも意味があるのは時系列の変化ではないかと思います。時系列で前よりもポイントが下がれば、そこには何か原因があります。ただし、何らかの課題を指摘する際には、従業員が腹落ちするところにベンチマークをつくらないとなかなか納得してくれないので注意が必要です。
Q:従業員のやる気を高めるには、エンゲージメントよりも報奨金などの制度のほうが効くのではないかと声もあります。この点はいかがでしょうか。
中原:もちろん、ある程度は有効だと思います。ですが、お金の効果は一瞬であり、次にまた欲しくなってしまうものです。それに、お金になびく人は他社でよい条件があればそちらになびいてしまいます。やはり、お金を与えることが課題解決の本筋なのだろうかとは思ってしまいますね。
Q:オンラインでのフィードバックおよび対話は可能ですか。
中原:まったく問題ありません。通常通りの手順で進めてよいと思います。ただ一つ、気を付けてほしいのはオンラインで行う場合、ブレイクアウトセッションに入ってしまうと誰も見られなくなる点です。ここが通常のワークショップと異なります。例えば、通常であれば「何かもめているな」と思えば、そこに介入することができます。オンラインではそれができないので、人事がグループを巡回する方法もありかもしれませんし、他には、ブレイクアウトセッションの手順を細かく決めておくという方法もあります。私のイメージで言えば、オンラインでの対話は通常の1.5倍ほど丁寧に行わないと難しい。しかし、いったん始めてしまうと意外に問題なくできてしまうといった印象もあります。