中核管理職を育成する「ジョブ型課長育成スクール」6回シリーズの第4回は「ジョブを想像する」。ジョブを想像/創造するにおいては、自社にとって「顧客は誰か」を見直し、業務プロセスを考える「顧客起点の行動」が必要となります。
コーン・フェリー・ジャパン
シニア ビジネスデベロップメント ディレクター 野見山 健一郎
シニア クライアント パートナー 綱島 邦夫
■最新調査に見るB to Bビジネス環境の変化と「顧客起点」の重要性
・「営業と面会はするが、期待値を超えることはないと考えている」79%
・「自社のビジネス課題を相談できる相手と考えていない」78%
・「各ベンダー営業に大差はない」73%
・「ニーズを特定し、解決策を絞った後で初めて営業と関わる」79%
野見山氏ははじめに、コーン・フェリーが最近行った調査レポートを紹介した。BtoBにおいて、購買側となる企業にフロントで接する営業に対して、どんな認識を持っているかを聞いたものだ。
「厳しい内容といえますが、これまでと同様の行動・アプローチをする企業は顧客から期待されていないという答えが出ています。購買者調査によると、これまでの製品・サービスにおける営業は、既に顧客意思決定に影響を及ぼす存在となれていないのです」
では、なぜこうした状況が生まれているのか。野見山氏は、次にフロントの営業リーダーに課題を聞いたデータを紹介した。
・プロセスの課題77%(業務プロセスが顧客の変化に適応していない。Customer Centricityではない)
・人材の課題 84%(ビジネス拡大を牽引する適切な人材がいない)
「多くのセールスリーダーはプロセスと人材の課題が変革を妨げていると考えています。これらのデータは、今のままの企業活動でいいのかという問題提起をしていると思われます」
次に購買側に「どういうアプローチをしてくる企業であれば、パートナーとして付き合いたいか」という質問をしたところ、以下の四つの項目が上位となった。
・Know Me(専門性をベースに顧客側の現状を徹底的にリサーチしてくる)
・Make Good Use of My Time(卓越したコミュニケーションスキルで顧客の話をよく聞き、考えを引き出し、時間と経験知を尊重し、良い議論ができる)
・Demonstrated Value or ROI(顧客にとっての真の価値またはROIを理解及びデザインし明確に示すことができる)
・Educate Me(新たなパースペクティブ(示唆)を与えてくれ、顧客側の検討プロセスの促進、目指す方向の問い直し、強みを強化できるような支援などをしてくれる)
「これらの項目をみると、担当営業が一人でプロダクトを売るとすれば、非常にレベルが高い内容です。『フロントで顧客の期待に応えるのは営業の仕事』などとは言えない時代になってきています。まさに組織横断的に企業として、本当の意味でのBtoB、顧客を中心とした組織的なアプローチをしないとビジネス成長が望めない状況にあるといえます」
それでは顧客起点のアプローチを行っている企業は、よい業績を残せているのか。野見山氏は1500社のリサーチから、縦軸に顧客とのリレーションの度合い、横軸に顧客接点マネジメントプロセスを示したマトリックス図を示した。
「全体の34%は緑部分に入っています。この部分は非常に組織的なプロセスをもってマネージしつつ、非常に高いレベルでリレーションを構築している企業です。ここに属する企業は、他と比較して圧倒的な好業績を示しています。勝率は9%高く、全社的な売り上げ達成率は5%高く、販売計画達成者率も11%高い。顧客が望む期待値を実現することに組織的に取り組む企業は、現在においても成長を遂げているし強いということです。その意味でも、顧客起点で自発的な行動を取れることが非常に大切な時代になっていると感じます」
■「顧客起点」の組織モデル
それではコーン・フェリーの考える「顧客起点」とはどんな活動を指すのか。同社は、企業全体の活動がカスタマージャーニーに合わせた組織横断的な取り組みになっている企業を「顧客起点になっている」と捉えている。そして、顧客の顕在的、潜在的な課題に対し、「パースペクティブ(洞察と示唆)」を提供し、組織横断的に連携した取り組みで顧客課題解決のサポートをする。また、それを実現する事業開発をすることが重要と考えている。
「あらゆる場面の『Defining Moments』(顧客が自らの期待を基に、組織を評価する瞬間)をマネジメントすることで、顧客の期待を上回る行動、言動ができることが、今の時代において重要ではないかと思います。そこでは営業だけでなく、企業の人事、マーケティング、カスタマーサービスにおいても、顧客側を向いている企業体をつくることが重要だということです」
では組織的に連動した「顧客起点」の業務プロセスを、どのように考えればよいのか。野見山氏は「各部署が顧客に対して同じベクトルを持つような組織体をつくることが重要」と語った。
「フロントにいる人は、プロダクトアウト型から『顧客起点』の真のソリューション型へプロセスを変革させていく必要があります。その他の支援部門は、社内のダイレクトカスタマー+α(最終顧客)を見据えた行動・言動ができる業務プロセスへと変革させる必要がある。そして、経営側の部門は、最終顧客へ『価値』を提供できる組織体制や業務プロセス構築、事業開発の実践を企画・支援する必要があります。最終的に目指すべき姿としては、各部署が顧客に対して同じベクトルを持つような組織体をつくることが必要ではないでしょうか」
■事例から考察する「顧客起点」の価値創造型モデルへの変革アプローチ
それでは企業において顧客起点を実践する際にはどんなステップがあるのか。野見山氏は「①現状を正しく理解し、見直す→②思考と行動を変化させる業務プロセスを構築する→③『顧客起点』活動を定期的にチェックする」という三つのステップがあるとし、ある企業の事例を引き合いにその詳細について解説した。
ステップ1.現状を正しく理解し、見直す
その企業では、全社共通認識の「顧客」イメージを策定し、経営マネジメントワークショップで全社ステートメントを策定した。ステートメントとは、日々の業務での言動・行動に悩んだ際に立ち返ることのできる指針のこと。全社ステートメントで示した「顧客」を中心に捉え、各部門で実践すべき行動・言動を可視化するために部門でのワークショップを開催した。
「マインドセット醸成の土台づくりとして、経営マネジメント層に集まっていただき、『顧客をどうとらえるか』『顧客起点と社員が聞いたときに、どんなことをイメージできるようにしたいか』について、ワークショップを行いました。そこで決めた全社ステートメントに沿って、各部門で具体化したステートメント作成しました」
「フェーズ1:経営マネジメントワークショップ」の目的は全社統一の「顧客起点(Customer Centric)」を推進するステートメントを作成・合意することだ。顧客起点とは何か、なぜ重要なのかについて共通の理解と価値観を獲得し、それを基に各自の役割や責任において行動をできるための指針 (規範・原則・よりどころ) を作成した。プロセスは6時間~8時間。以下が手順だ。
- 自社にとっての「カスタマー(顧客)」とは誰かを議論。その結果、部署ごとに認識が異なることがわかった。
- 「顧客起点」についての認識合わせ。これにより部署間の足並みを揃えた。
- SRPマトリクスの活用 (顧客リレーション×共有された共通のプロセス)。どこを目指すのか、ゴール設定を行った。
- 自社が目指す顧客リレーションのために考慮すべきことの設定。キーワードを出して、ステートメントを作成。
- 「顧客起点)を推進するステートメントの作成と合意。
「この会社では、カスタマーとは我々の『サービス』を直接届けられる人たちであり、カスタマーは自社を直接評価できる人と捉えました。そして、サービスとはモノ、サービス商品だけでなく、社員個々人が提供できる『価値』と定めました」
次の「フェーズ2:部門ステートメント」では、顧客起点のステートメントに従い、「お客様が気づいていないことを気づかせてあげる」「お客様のコンセプトにリンクできる」「お客様と一緒につくる」「別次元の価値を提供する」といったことを実践するため、各部門のステートメントに落とし込んでいった。
「これらを顧客起点のステートメントと定めて、全社に展開しました。この企業ではステートメントがつくられた背景も全社に伝え、各部署が行う業務もカスタマーチェーンとして見える形でマッピングし、きちんと社員に理解してもらえるようにしました」
ステップ2.思考と行動を変化させる業務プロセスを構築する
ステップ1は方向性を定める部分だったが、ステップ2では業務プロセスを構築する。この企業では以下の手順で業務プロセスを構築した。
- 実行を可能とするのに有効な業務プロセスと連動した育成プログラムを導入する
- 行動指針の実践度を測定し、可視化する(スコアカード等)
- ふり返って軌道修正する
- 実行した事例、成功事例を共有する
- 評価制度に組み込む
「顧客起点」活動に必要な業務プロセスをいかに構築するのか。まず顧客を意識したうえで、現状の業務プロセスがこのままでいいのかと見直す必要がある。以下はフロントの営業から変革を推進したモデル事例だ。
従来型の営業プロセスは以下の通りだった。
▪ 売り手中心のセールス活動に焦点
▪ 営業部門が中心に売上戦略プラン作成
▪ 自社の売上目標に対する案件を議論
▪ 自社の売上目標達成のためのプラン策定
▪ いかに自社製品を売るかに焦点が当たっていた
「ここには顧客という言葉は入っていません。そこで私たちが提案したのは以下の内容です」
▪顧客が表明する目的に焦点を当てる
▪組織横断型チームによる戦略を策定
▪どうすれば顧客が目標・目的を達成できるかを議論した
▪顧客の事業ニーズの達成のためのプラン策定
▪顧客にとって最適で価値ある解決策が何か見極めた
「弊社で多くの企業支援を行っていますが、顧客を主語にプロセスをつくることで実際に成果が出ています」
では顧客を主語にするとは具体的にどのように行うのか。最初のステップは、自社製品から離れ、顧客の手段ではなく「顧客の表明する目的」を把握することだ。この目的がわかると、次のステップとして「顧客」取引影響者の考えや期待、ニーズの不一致ポイントを確認し、顧客にとっての真の価値を検討する。次に「顧客起点」プロセスの基盤となるマインドセットを行い、組織横断的に議論を行っていく。ここでポイントとなるのは、パースペクティブ(示唆・洞察)を提供するための以下の4つのドライバーだ。
・認識されていない問題 (Unrecognized Problem)
顧客が気づいていないビジネス上の問題を理解したり、彼らが直面している問題のビジネスに与える影響の深刻度 に気づけるようサポートする。
・予想外のソルーション (Unanticipated Solution)
顧客が直面している問題に対して、想定していなかったソリューションの可能性を提案する。
・新たなビジネスの可能性 (Unseen Opportunity)
現在の利益よりも多くの利益を市場で得られることを、顧客が理解できるようにする。
・総合力の駆使 (Broker of Capabilities)
顧客の成功をさらに拡大したり、再定義したりする形で、あなたの全能力をお客さまのために使う。
「そのうえで価値の天秤にかけて、顧客の目標達成に向けて真の価値となるソリューションを提案します。『顧客の目的達成に向けたソリューション価値』『顧客の目的達成をサポートできる強み』『取引影響者が感じる価値』と『コスト・手間・リスク』を天秤にかけて判断。顧客起点プロセスを基盤として、営業を『顧客起点コンダクター』へと変化させることで関連部門の変革を推進していくのです」
ステップ3.「顧客起点」活動を定期的にチェックする
ここではスコアカードをつくり、実践度を可視化して定期的にチェックしていく。チェック項目ごとに「できたらYes、できなかったらNo」をつけて、スコア化する。
「顧客起点アプローチにおいて重要となる行動指標をスコア化することで、活動の質を可視化できます。可視化することでコーチングポイントの明確化が可能になります。スコアを基に自己認識とコーチングで顧客起点の定着を図り、顧客起点プロセスを『ジョブ型課長』が推進。企業文化、リーダーシップ、人財育成との相乗効果とパフォーマンス向上を図っていきます」
最後に野見山氏は次のようにまとめを述べて、講演を終了した。
「今一度、自社にとっての『顧客とは誰か』についてぜひ話し合っていただきたいと思います。そのうえで顧客の見直しを行って、全社的に共通認識を持てるようにする。最終的には、顧客を見据えた各部門の行動指針を共有し、行動指針に沿って業務プロセスを見直し、可視化していくことが求められるということです」
■Q&Aセッション
Q:広告業のようにクライアントが業種・内容において千差万別の場合、どのように会社の意識統一を図ればよいか?
綱島:コンサルティング会社もまったく同じで、顧客にはさまざまな業界、クライアントがあります。しかし、物事には根っことなる部分があります。どんな事業であっても企業におけるフロントの力というものは重要であり、私たちはそのフロントのパワーを全開にするお手伝いをしています。自分で相手の根っこにあるものは何かと考えて、それをお客様に対して発信していくことが大事ではないでしょうか。それが意味のあるものであれば、会社全体に考え方に展開することができます。必ずしも始めに会社全体の意識統一が必要ということではないと思います。
野見山:「自分たちにとって顧客とはどんな人たちか」というイメージだけでも、皆さんで議論をしてまとめていくことが有効なのではないかと思います。先ほどお話した事例もヘルスケアの企業で、直接的に接する顧客は病院ですが、製品を実際に使用するのはその先にいる患者さんです。そうした場合に顧客をどこに置くのか。皆で議論してみると何らかの意識統一が図れるのではないでしょうか。
Q:顧客起点はフロントの部署だけではなく、後ろにあるバックオフィスの部署でも応用できると思うが、そのときに注意すべきことはあるか?
野見山:最終カスタマーと直接接しない部門だと難しいところもあるかもしれません。バックオフィスの方は、フロントが接する顧客がよりよくなるために、自分たちの専門知識をどう使えばいいかということを考えていくことが大事かと思います。フロントとより密にタッグを組んで、お客様のためになるアクションを議論する。そうすると皆がより前向きに取り組めるようになると思います。
綱島:フロントの営業部門が自社の製品・サービスだけに絞って、お客様とコミュニケーションを取ると接点がまさに「点」になってしまいます。そうではなくて、それを「線」にして「面」にして、お客様にいろいろな形で価値を提供していく必要がある。そのような考え方をすることがよい循環をつくるのではないでしょうか。
Q:例えば、SDGsのような会社が活動するすべての影響を考えなければならないとき、「顧客起点」という考えでは要素をどう捉えればよいか?
綱島:最近はSDGsという言葉が非常に大きなパワーを持つようになっています。これまで顧客といえば自社の製品・サービスを使う企業でしたが、これからはこうした定義がより幅広くなっていくでしょう。最近はパーパス経営という言葉もありますが、世の中に存在する意義のない会社はこれから継続することはできなくなるといわれています。会社が活動するうえで影響を与える相手とは何かと考えると、今後はコミュニティという捉え方が増えてくるのではないかと思います。
野見山:今後は顧客の目的をより深く考えていくことが重要になるのはないでしょうか。私の顧客であるメーカーが、工場に機械を入れる際に相手に、なぜその機械にしたのかを聞いたところ、脱炭素の経営目標があり、そのための選択だったことがわかりました。今後は顧客の大本の目的をきちんと捉えることが必要になってきます。そう考えると、対象となる顧客とは製品を使う部署だけではないということです。今後は相手先の経営パートナーとなれるような視座が必要になるのではないでしょうか。
Q:企業としてではなく、自分の組織で顧客起点の取り組みを行うときには上司への説明が必要かと思うが、その際はどこに注意すべきか?
綱島:本日は、メンバー各々が相手先の期待することを受け止めてジョブをつくりあげていくことが重要という話をしました。もちろん、顧客起点を組織全体で行っていない場合には、上司に対して「私が受けているミッションはこういうことです」と説明し、「その最大の付加価値を上げるために、直接指示を受けたことではないが、こうしたことをやりたい」と伝える必要があります。ジョブクラフティングの理由をきちんと説明することが大事だと思います。