人的資本経営における開示項目の一つである社員エンゲージメント。その水準の客観的な把握と向上活動は今後、一層重要性を増すと思われる。今回、コーン・フェリーがグローバルで最新調査を分析したところ、世界でエンゲージメントの新たな潮流が見られた。その示唆を一言で表すと「現状維持は衰退を意味する」となる。今、日本企業が取るべきエンゲージメント対策について解説する。

 

コーン・フェリー シニア クライアント ディレクター 岡部 雅仁

 

22年の社員エンゲージメント動向

社員エンゲージメントは、企業価値に直結する経営の最重要指標の一つであり、日本でも注目度が増している。コーン・フェリーでは毎年、グローバルでの社員エンゲージメント調査データを集計し、外部ベンチマークデータを作成。同社では業績相関性の高い「社員エンゲージメント」と「社員を活かす環境」を結果指標として活用している。岡部氏は社員エンゲージメントが及ぼす影響について次のように語った。

「私どものサーベイの実証研究でも、先ほどの2つの結果指標で上位4分の1に入る高い企業と下位4分の1に入る低い企業で、5年の経年で比較すると売り上げの伸び率や1株あたりの純利益の伸び率など、財務的なパフォーマンスの影響が確認できています。そして、従業員の先にいる顧客の満足度や、社内の生産性、従業員の離職率の改善などと非常に相関性が高いことがエンゲージメントの特徴です」

始めに岡部氏は、社員エンゲージメント、社員を活かす環境の推移を紹介した。21年度実績は好業績企業平均(+2%)、世界平均(+2%)、日本平均(+3%)と、いずれも前年比で上昇傾向が見られている。

「日本平均も、過去数年の停滞から反転の兆しを見せ、コロナ禍も通じたエンゲージメント向上活動の成果が表れ始めています。日本平均は社員エンゲージメント、社員を活かす環境ともに、特定の設問ではなく、全設問で2~4%向上し、全体の水準が共に3%向上していました。日本で、コロナ禍は決して喜ばしいことではありませんでしたが、それによって働き方や働く意味、会社と組織の関係性において、いろいろな施策が実行されました。その結果として、全体的な水準が高まったと思われます」

次に岡部氏は「社員エンゲージメント」「社員を活かす環境」水準の国別比較を紹介した。日本平均は昨年度より+3%向上したものの、世界全体も上昇トレンドのため、国別比較においては引き続き最下位に留まっている。

「社員エンゲージメント、社員を活かす環境は、業界や業態よりも、労働の雇用環境や法規制を定義する“国”単位での違いが大きい点に特徴があります。そのため、各国の現地法人のエンゲージメント水準を理解するためには、その国毎の外部ベンチマークとの比較が必須となります」

ちなみに「社員エンゲージメント」「社員を活かす環境」水準の業種別比較では、業種別の差異は国別差異よりも小さくなっている。同じ業種の中でも個社の水準の違いが大きく、社員エンゲージメントの水準は「個社×展開国」の基準で理解するのが妥当だ。

次に岡部氏は、社員エンゲージメント、社員を活かす環境の原因指標までを含めた変化について解説した。12の原因指標ごとにレーダーチャートの形式でポイントを比較すると、好業績企業&世界平均と日本平均の差異は引き続き「業務プロセス・組織体制」「戦略・方向性」「品質・顧客志向」の三つで大きくなっていた。

前回比でみると原因指標カテゴリまで含めてみても、好業績企業、世界平均、日本平均共に向上している項目が多くなっている。日本平均の中では「戦略・方向性」「リーダーシップ」「報酬・福利厚生」が各々+2%と原因系カテゴリの中では向上幅が上位になっている。

「2020年との比較では、好業績企業、世界平均、日本平均ともに全般的によくなっています。個別の項目では、業務プロセス・組織体制の中で、『当社の仕事の進め方は革新的である』という項目が、引き続き世界と比べて特に低くなっています。会社全体で新たな戦略やサービスを連続的に打ち出し、それに連動する形で組織体制や仕事の進め方を革新していくという点において日本企業は苦労しており、従業員からすれば旧態依然なものの決め方などもあり、フラストレーションが溜まっているように感じられます」

では、原因指標カテゴリで+3%以上の向上を見せた設問にはどんなものがあったのか。「会社の経営陣・戦略への信頼感」「品質・顧客志向」「個人の尊重」等は共通して向上しており、コロナ禍への対応を経て、経営と社員の距離感は縮まっている傾向が見られている。

「好業績企業平均・世界平均のほうが向上している設問の“幅”が広く、日本企業がここから更に水準を高めていくためには、打ち手の対象範囲を更に広くとる必要があります。この点では会社の仕組みや構造、働きやすい環境など、打ち手の範囲を広げていく必要があるように思います」

次に紹介されたのは、日本企業内での社員エンゲージメント、社員を活かす環境の分布だ。日本企業内のバラツキが非常に大きく、更に拡がっている傾向にある。中には世界平均や好業績企業平均を上回る企業もある。

「社員エンゲージメントは必ずしも企業ブランドと比例しないところがあります。図にプロットされた点はすべて大手企業ですが、個々で相当に違いがあります。それゆえに企業の実態をきちんと捉えて地道に対策を行うことが求められます」

多くの伝統的な日本企業は日本平均と類似の水準に留まっていたが、コロナ禍や人的資本経営の潮流も受け、活動を強化する企業が増えてきており、それが全体水準の向上に貢献している。

「ただし、ここ1、2年でコロナ禍対応や昨今の人的資本の潮流を受けて、活動を非常に強めた状態で安定化した企業と、コロナ時に最低限のことを行い、もとに戻した企業と二極化する傾向にあります。どちらにしても、現在において社員エンゲージメントの定期調査や改善活動が始まっていない会社は危機感を持つべきです」

岡部氏はここで、自社のエンゲージメント向上活動を経営・人事として見直すための企業への問いを3つ上げた。

問い1:企業規模と調査ならびに向上活動手法がずれていないか?

「1000人以上の規模で、エンゲージメント向上がなかなか全社的な動きにならない企業では、一度、構造全般を見直して、どこかに問題がないかを探す取り組みをすべきでしょう。現場の努力だけでは解決しない問題もあります」

問い2:経営トップに“実態”を進言できる役割・機能は明確か?

「スコアが向上している企業の傾向として、トップにリアルな現状を伝える機能があることが挙げられています。逆に言えば、取り組みが小さくなる企業では、上に行くほど実態がそぎ落とされて、リアルな姿が伝わっていないといえます。この点は担当者が一番困っているところではないでしょうか」

問い3:去年と今年を比較して“社員体験のポジティブな変化”を創出できたか?

「理想的には、こういったアクションは社員の半数が認知することが望ましいといわれます。半数以上の方の日々の就業体験にポジティブな変化を与えられたかは問うべきポイントです」

 

■社員エンゲージメント向上とリスキリングを両立するには

次に岡部氏は、22年5月に公表された人材版伊藤レポート2.0における、人的資本経営についての3つの視点と5つの共通要素を紹介した。

〇3つの視点

①経営戦略と人材戦略の連動 ②As-Is To-Beギャップの定量把握 ③企業文化への定着

〇5つの共通要素

①動的な人材ポートフォリオ ②知・経験のD&I ③リスキル・学び直し ④従業員エンゲージメント ⑤時間や場所にとらわれない働き方

「これらをもとに人的資本経営へと変化しながら、かつエンゲージメントを高めていく、といった両立を目指すことになります。『これらがエンゲージメントにどんな影響を与えるのか』、また逆に『こうしたことを行うためにエンゲージメントの観点から何を考えておくべきか』ということを意識する必要があります」

ここで岡部氏は「61%の人事プロフェッショナルは Tech人材の採用が最も大きな課題と認識」(McKinsey Survey 2022)というデータを紹介した。これは、これから何を行うにしてもTech人材が必要になるということだ。

「経験者採用に依存する人材タレント戦略は、一部のトップ企業を除いて、今後難しさが顕在化してくると思われます。その意味では、既存社員のリスキリングなしに、DX含めた新たな人材の確保は困難だと覚悟しておくべきでしょう」

ではリスキリングや学びがエンゲージメントにどんな影響を与えるのか。岡部氏は、日本人の社員エンゲージメントに相関の高い設問項目を紹介した。「1位:長期キャリア目標の達成見込」「2位:自社の経営陣への信頼」「3位:社員一個人に対する尊重」「4位:ワークライフバランス実現のサポート」「5位:成果を出せる組織体制」だ。

「長期キャリア目標の達成見込が重視されており、その意味でリスキリングは非常に重要です。しかし、だからといって『明日からDX人材トレーニングコースを受講してください』と言われて、皆さんはエンゲージメント高く、これに取り組めるでしょうか。これまでを自己否定されたような感じでなかなか取り組めない人も多いのではないかと思います」

岡部氏は、企業はエンゲージメントを高めたうえで、こうしたことに取り組めるようにすべきと語る。

「エンゲージメントの肝にあるのは自発性です。その意味では、変化に対する気づきを与えて自己を動機づけるといった、個人の前向きな動機を醸成するプロセスが大事になります」

ここでの気づきとは何を指すのか。それは、自分の仕事のパフォーマンスにつながっている強みの要素は何か、という点に気づいてもらうことだ。

「たとえば、成果が出た経験を生み出した行動や自分の性格または動機といった深い部分まで振り返って考え、自分の強みを可視化し理解することが重要になります」

コーン・フェリーでは、そのための自己理解アセスメント+フィードバック・プログラムによる能力開発を提供している。これは心理統計学と7万人を超えるグローバルベンチマークに基づいた科学的なオンラインアセスメントだ。これによって成果につながった行動を可視化し、それを認識することが可能になる。そして、それが挑戦することへの動機づけになっていく。

「これは人事から見ると、その人が内在的に持っているものの違いによってマネジメントすることになり、より一歩進んだ多様性を生かしたタレントマネジメントになっていきます。また、仕事が持つ特性と本人の特性がフィットすると、そうでない場合と比べてエンゲージメントが13倍になるといった研究結果もあります。その意味では、組織や上司が協力し、個人の強みを活かせる、もしくは課題を克服できる仕事への挑戦意欲を醸成し、将来の成果につながるリスキルの機会への“本人の選択”を行える場をつくることが重要です。例えば、上司(短期)・人事(長期)による1o1での相互理解の“場”の設定や実施が考えられます」

 

Q&Aセッション

Q:社員エンゲージメントが日本において、昨年以前まで下降傾向だったのはなぜか。

岡部:コロナ前は、調査はしても向上させる活動を行う企業が少なかったと思います。 そのため、会社の状態は変わらなかったが、社員の目線が変わり始めたことで下がっていたのではないでしょうか。

Q:好業績企業の基準を教えてほしい。

岡部:私たちが行うもっとも大きな「世界平均」の調査に参加いただいた企業の中から、「対外的に発表される財務的スコアが業界の中でよい」「『社員を活かす環境』のスコアが高い」という条件で毎年50社ほど選ばせていただいています。

Q:「社員を活かす環境」の原因指標で、品質顧客志向が世界平均と日本平均で差がある点は意外だった。日本のモノづくりは世界で評価されていると思っていたが、ここでいう品質顧客志向とはどのような観点か。

岡部:ここで言う品質顧客志向は、例えば「当社はお客様の問題解決に迅速に対処している」「当社は顧客重視の姿勢が非常に徹底している」「私のチームは効率よくお客様のサポートをしている」といった、サービスの品質そのものではなく、そういったものも含めて社員がストレートに顧客の相談に乗ったり、課題解決に対応できる形になっているかという要素が強くなっています。こうした項目が低い企業は、「部署の垣根が大きいために問題があるとたらい回しにされる」「何かあると臨議の連続で、その間に顧客からクレームが来てしまう」といった組織的な面での品質顧客志向が実現できていないといえます。

Q:エンゲージメント向上の施策は、つい「あれもこれも」となってしまい、施策疲れになることがある。この点について良い取り組みアプローチはあるか。

岡部:個々の会社で働く方のエンゲージメントに強く影響を与えているキードライバーを統計的な相関から調べ、施策に絞りこむことが有効ではないかと思います。また、エンゲージメントの取り組みは職場での取り組みばかりになりがちなので、キードライバーを特定し、施策の方向感を決めた後は、やるべきことを階層別に明確にしていくことが重要です。経営層・人事・各職場の管理職等、誰が何を行うのかをしっかりと決めて取り組むことが大事ではないかと思います。

Q: 諸外国と比べて日本のエンゲージメントスコアが低い理由はどのようなことが考えられるか?

岡部:前提として、日本に限らず、国別の雇用環境等によってエンゲージメント調査の結果に違いが出やすいという特徴があります。その上で、日本が低い理由としては、日本の雇用環境の特徴(①終身雇用、②年功序列、③解雇規制の厳しさ)による影響が考えられます。他の国では、従業員にとっては転職により自分にとってより良い環境に移るという選択肢があり、企業にとってはパフォーマンスが低い従業員を解雇する権利があるところが多いです。そのため、エンゲージメントが低い状態があると、いずれかの選択が取られるケースが多いです。よって、日本以外の諸外国の場合だとそういった雇用環境・労働環境の特徴に基づき、低いエンゲージメントのままで同じ企業に留まるケースが少ないことが結果にも表れているのではないかと考えられます。

Q: 日本企業で特に3項目(組織体制・業務プロセス、戦略・方向性、品質・顧客志向)が低い理由はどのようなことが考えられるか?

岡部:明確な理由は申し上げられませんが、3項目を見てみると、それぞれ関係しあっているように思われます。この3項目が低い共通の理由として思いつくのは「スピード感」です。特に、従業員数の大きな企業では、変化を起こそうとすると複数の稟議が必要など、変化を実現するスピードを阻害することが多いことなどがある。その結果として、スピード感の早い企業と比較した際に、自社の組織体制や戦略、品質に関するスピードの遅さを感じる機会が増え、エンゲージメントが低くなっている社員が多いのではないかと考えます。

Q: 近年、サーベイを実施する企業が増えたのではと想像するが、実施頻度についてのポイント等は?

岡部:実施頻度よりも、実施後のフォローアップにしっかりと取り組むことがポイントだと言えます。従業員規模がまだ大きくないスタートアップ等であれば、パルス調査的に頻度高く実施することで変化をすぐに捉えられるようにするという意義はあると思います。一方、従業員数が1000名以上くらいの規模になると、調査頻度を高める効果を得づらい傾向があります。一定の規模以上の企業であれば、調査の頻度について気を付けるよりも、調査結果をふまえたフォローアップに注力することが重要だと言えます。

Q: 日本では中立回答を選ぶ人が多い気がするが、そういった傾向は見られるか?

岡部:日本で中立の回答が多いという傾向はありません。回答のうち、最も強い表現を選ぶのか、それとも「ややそう思う」といった表現を選ぶのか、という点においては国別に傾向の違いはありますが、本調査ではそれらを肯定的・否定的というカテゴリに区分して集計しているため、国別の回答傾向の差も踏まえた結果が見られるようになっています。

Q: 挑戦意欲のある人の方が13倍成果が高いという話があったが、それはコーン・フェリーの調査で出ているものか?

岡部:その通りです。「Fit Matters(英語のみ。 https://www.kornferry.com/institute/fit-matters )」というレポートで詳細が確認できますのでご参考になさってください。

Q: エンゲージメントの高い企業は、細かな行動管理はしないところが多いのか?

岡部:そう言えると思います。エンゲージメントにおいては「自発性」というものがキーワードになるため、細かく行動管理をするよりも、方向感を示した上で自発性を尊重する推進の仕方が望ましいです。エンゲージメントの高い企業では、この点を意識して推進しているところが多い印象です。

Q: 副業解禁をすると本業が疎かになるのではないかと二の足を踏んでいたが、リスキルの重要性についてのお話を受けて、前向きに考えてみようと思った。

岡部:ご感想ありがとうございます。今後多くの企業様が直面するであろうテーマだと思います。社員に長く留まってほしいという会社の立場は引き続きありつつも、これからは社員のエンゲージメントが低くならないように工夫する必要があると言えます。その工夫の具体例として、まずは社内で挑戦するための制度や環境を整える、それでもできないなら副業や越境など社外で挑戦ができるようにする、等が考えられます。定着への努力を必要以上に下げる必要はないですが、エンゲージメントを維持する工夫に取り組んでいくことは必要だと言えると思います。

 

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