私はオリパラボランティアとして「多様性と協調(Diversity & Inclusion」に関する研修を受講し、修了証の「Tokyo 2020 promotes Diversity & Inclusion」と書かれたステッカーを大切にしている。今回の東京オリパラ組織委員会トップの差別的発言は日本社会全体の問題だとする意見もある。組織とリーダーの課題に長年携わってきた立場から、この問題について少し真剣に考えてみようとPCに向かっている。

 

World will not be destroyed by those who do evil,

but by those who watch them without doing anything. – Albert Einstein

悪い行いをする者が世界を滅ぼすのではない。

それを見ていながら何もしない者たちが滅ぼすのだ。―アルベルト・アインシュタイン

 

  • リーダ-の質はジェンダーではなく人による

2015年のラグビーワールドカップで多様なバックグラウンドの選手を束ねて成果を出したエデイー・ジョーンズ元日本代表監督は、リーダーシップについて「周りの人間に責任を持たせ、その結果、最大限のものを引き出すのが本物のリーダーだと思います。」と語っている(※2)。リーダーの発言や行動は、リーダー自身が思う以上にそこで働く人の行動様式や「やる気」に大きな影響を与えるものだ。リーダーが変われば組織も変わる。エディー・ジョーンズ元監督は、自身の発言と行動によりチームによい組織風土を醸成し、選手のやる気を引き出し、快進撃を実現したよい事例だと思う。

良いリーダーとジェンダーは関係あるのだろうか?上級管理職を対象としたリーダーシップスタイルの研究によると、良好な組織風土をチームに作り出すことで良い結果を出している男性リーダーと女性リーダーは共通して、状況に応じて幅広いスタイルを使い分けていることが分かった(※3)。つまり、リーダーの質を決めるのはジェンダーではなく「その人の行動スタイル」であるということだ。欧米を中心にした組織心理学の発展により、「やる気」を引き出す良好な組織風土を作るためにリーダーがとるべき行動は、何十年も前に実証的にあぶり出されている。リーダーシップ開発は精神論ではなく科学だ。その理論を理解して取り組めば、性別、障がいのあるなし、国籍、年齢といった違いにかかわらず良いリーダーになれるチャンスは誰にでもある。

にもかかわらず、日本社会において女性リーダーの割合が低いままなのは何故だろう。

 

  • 会して議しない日本の会議

『実際に、グラウンドに出てみたら、まったく理解してないことがよくあるんです。本当に、がっかりします。さっきの返事はなんだったんだ?って。これは学生時代から指導者に対して従順に『はいっ』と返事をしてきた弊害です。』 - エディー・ジョーンズ(※4)

トップの発言に「うん?と(疑問に)思うことはあったが指摘する機を逸してしまった」という委員会理事のインタビュー記事(※5)などを読むと、裸の王様に今に至る何十年間もの間、建設的なフィーバックを提供できてこなかった組織や社会の責任の重さは無視できない。同じジェンダーでも、育った環境も異なれば、持って生まれた性格も、大切にしている価値観も異なる筈だ。もし男性だけの会議が議題の難易度にかかわらず簡単に終わっているとしたら、エディーさんが言う学生時代の部活のような組織が日本の至る所にあるのではなかろうか。海外諸国は科学的に人材を育成している側ら、日本人はうさぎ跳びをしているようなものだ。

リーダーシップ行動に関すグローバル比較によると、日本は情報共有の会議が多く、合意形成を目的とした対話や議論が少ない傾向にある(1,873名, 2016, Korn Ferry)。加えて、多くの日本人リーダーはグローバルリーダーに比べてリーダーシップ行動がパターン化し、使えるスタイルの選択肢が少なく多様な状況に対応できていないことも分かっている(5,500名, 2018, ※1) 。

日ごろから対話や建設的な議論のファシリテーションをしてないので、議論が必要な場面でリーダーが多様な意見を上手に拾えなかったりまとめきれなかったりして、参加者が不満を溜めてしまうことが多い。つまり、リーダーと似た人が集まった同質性の高い組織は運営が楽なのだ。人々の価値観が多様化する中で、リーダーが異なるバックグラウンドの人の話に耳を傾け建設的な議論をリードできなければ、日本の社会に明るい未来はこないだろう。

こうしたスキルの構築は「多様性と調和」を大切にする日本社会にむけて、スポーツ、ビジネス、学校や政治など、あらゆる日本の組織が協調して取り組むべき、難しいが取り組み甲斐のある課題である。

 

  • 「多様性と調和(Diversity & Inclusion)」のある日本社会に向けて自分にできること

リーダーの存在は、組織の雰囲気やメンバーの「やる気」に影響を与えるので重要であり、その責任は逃れられるものではない。リーダーが意見を言いやすい雰囲気を組織全体に作り出すことを、精神論ではなく科学的に証明されたアプローチで取り組むべきだ。

そのうえで、私たち一人ひとりは何ができるだろう。

今回の問題は、一つの組織の問題でもなく、ジェンダーの問題でもなく、社会に多様性を受け入れられる風土があるかないかの問題だと感じている。自分は人と違ってもいいんだと自分に自信を持てる社会、異なる価値観や視点をそれはそれとして受け止められる社会に日本がなれるかどうか、いまそれが問われているように感じる。

社会の問題は私たちの問題だ。いま静観してしまっては社会は変わらない。人のことをいうのは簡単だが、はたと、私自身はどうなんだと、この文章を書いている。私は、家族や同僚、あるいは顧客の話を、ジェンダー、障がいのあるなし、国籍、年齢、役職に関係なく柔軟に興味をもって耳を傾けているだろうか。時にはならぬものはならぬと忖度せず伝えているだろうか。うさぎ跳びをしたり、させたりしてないだろうか。それぞれの人がそれぞれの立場で、あかるい未来を創るために今日からできることがあるように思う。今回のことをチャンスと捉え、すこし立ち止まって考えてみて欲しいと思っている。

 

Reference:

※1:   Korn Ferry Japan, 2017,「コーン・フェリー・ヘイグループの、組織風土とリーダーシップ理論」

※2: 文藝春秋,  2015, 『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは「信じること」』, P136. 生島 淳

※3: Hay Group Inc., 2003, “Styles Matters Why Women Executives Shouldn’t Ignore Their ‘Female Side’”

※4: 文藝春秋,  2015, 『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは「信じること」』, P38. 生島 淳

※5:  JIJI PRESS LTD., 2021, 「「不適切」だった森氏発言 山下JOC会長、弁明に擁護も」, https://www.jiji.com/jc/article?k=2021020500710&g=spo,

 

専門家に問い合わせる

About the contributor

コーン・フェリー・ジャパン プリンシパル

オススメの記事