日本は、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという大きな目標を打ち出しました。ようやく、政府のトップダウンでSDGs(Sustainable Development Goals)に向け本格的に動き始めたように思います。温室効果ガス削減に向け企業は戦略を立てその実現に向け活動していくわけですが、その戦略実現において、組織は「リーダーシップ」や「エンゲージメント」に関する課題にも同時に取り組む必要があると強く感じています。サステナブルな経営とリーダーシップの関係についてこれから4回にわたって考察します。
第1回目は、意外に知らないSDGsとESGとの関係は?なぜそれが企業経営において重要なのか?というところを整理します。
- 脱酸素社会に向けSDGsに取り組むことは、企業の社会的責任として自明のことです。しかし、SDGsに取り組むことは社会的に良いことという理由だけでしょうか?SDGsは2001年に策定されたミレニアム開発目標 (MDGs)の後継として2015年9月の国連サミットで採択された「2016年から2030年までの15年の間に193の加盟国が目指すべき持続可能な開発目標」です(※1)。日本では、広報の社会的責任(CSR)の一環としてSDGsに取り組んでいる例も多く見受けられます。しかし今、世界では、SDGsに取り組まないことは企業存続の大きなリスクになり得るほど重要な経営課題と見なされています。なぜでしょうか?その理由は「ESG投資」の流れを見ると分かります。
- ESGは、2005年、当時の国際連合事務総長Kofi Annan氏が、「投資家は「Environment(環境)」、「Social(社会)」、「Governance(企業統治)」に関する課題に責任をもって投資をするべきだ」という投資責任の原則をガイドライン化(PRI: Principals for Responsible Investment)したことがはじまりです(※2)。なので、ESGは「投資」の文脈で「ESG投資」として説明されます。
- 国連開発計画(UNDP)の試算によると、SDGs達成により年間12兆ドルもの新しい市場が生まれる可能性があるそうです。これはとても大きな新規市場です。投資家にとってSDGsは魅力的な投資テーマなのです(※3)。実際、前述のESG課題に対する投資責任の原則(PRI)に署名した機関投資家の数も、毎年着実に増加し2019年3月時点の運用規模は85兆ドルを超えています(※4)。つまり、企業にとってはSDGsを経営に取り込みいかにESG投資を呼び込めるかが、持続的な企業価値の向上の観点からも極めて重要な経営課題となってきているわけです。
では、先進的なグローバル企業は具体的にどのようにSDGsを企業経営に取り込んでいるのでしょうか?2つの事例をご紹介します。
- 1つ目は「ESG投資」をする側の事例です。2020年1月、ゴールドマンサックスのCEO David Solomonが、女性など多様な取締りメンバーがいない企業の新規株式公開は引き受けないと語り大きな話題となりました(※5)。この発言の背景にはSDGsの「ジェンダー平等」が関連します。が、実はそれだけではなく科学的に理にかなった発言であったことが後々分かっています。一般的に、女性はリスクを避ける傾向にあると思われがちですが、特に社会的意義のある決断において女性は男性より積極的にチャンスをとりに行く傾向がみられることを、ハーバードビジネスレビュー(HBR)が発表しています(※6)。こうした科学的根拠もありゴールドマンサックスは、役員メンバーが女性など多様性に欠ける組織はリスクをとった意思決定やイノベーションが起きる可能性が低く投資先として魅力も低い、と判断をしたようです。上場企業の女性役員の割合が2%(2019年時点)と極めて低い我が国が、世界から魅力的な投資先と見なされるために企業が多様性に本気で取り組むことは急務であるように思います(※7)。
- もう1つ、業界全体のプロセスを変えようとするスケールの大きな事例です。脱炭素という大きな目標には1社単独で取り組むことは不可能で、関連パートナー企業と積極的に連携することが重要です。いわゆるサプライチェーンマネジメント(SCM)です。SCMにおいて世界最大のスーパーマーケットであるウォルマートですが、店舗に商品が並ぶまでに、原材料を調達したり、加工したり、組み立てたり、輸送したり、直接的間接的に取引のあるサプライヤーの数はなんと100,000社を超えるそうです。この膨大な数のサプライヤー企業に対し、ウォルマートは順守を期待するサステナブルな基準を、商品別(家畜、卵、森林、紛争鉱物など)やテーマ別(人権、差別、健康、倫理、価格など)に細かく規定しホームページで公開しています。かなり膨大な情報量です。またNGOやサプライヤーを集めてESG課題について話し合う「Sustainability Milestone Event」を定期的に開催したりもしています(※8)。ウォルマートの事例がすごいのは、蓄積したサステナブルなSCMのノウハウを「The Sustainability Consortium」という団体を通じて公開し、自社以外のSCMのプロセス全体もサステナブルに変革しようとしている点です(※9)。規模が小さくノウハウのないサプライーにとってはありがたい話ですが、逆にいうと、サステナブルなモノづくりや再エネ化を実践しないサプライヤーは大手企業から取引先から仕事を断られる可能性があるわけです。
SDGsを企業経営に取り込まないと投資や経営の観点からリスクになることが世界的な流れであることが、少しお分かりいただけたかと思います。こうした大胆なサステナブルな組織変革を起こすためにカギとなるのが「リーダーシップ」や「エンゲージメント」だと考えています。お金という投資家向けの説明だけでは、社員、顧客、サプライヤーなどを動かすことはできません。SDGsは追加的投資やプロセス見直しに大きな手間もかかります。では、サステナブルなリーダーシップにとって重要な要素は何でしょうか? 次回、考察したいと思います。
※1: Ministry of Foreign Affairs of Japan, 「SDGsとは?」 , https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html
※2: PRI Association, https://www.unpri.org/pri/about-the-pri
※3:United Nations Development Programme, 2017 August “More than philanthropy: SDGs are a $12 trillion opportunity for the private sector”, https://www.undp.org/content/undp/en/home/blog/2017/8/25/More-than-philanthropy-SDGs-present-an-estimated-US-12-trillion-in-market-opportunities-for-private-sector-through-inclusive-business.html
※4: Global Sustainable Investment Alliance, 2018, 「Global Sustainable Investment 2018」, https://japansif.com/gsir2018jp.pdf
※5: CNBC LLC., 2020 January, https://www.cnbc.com/2020/01/23/goldman-wont-take-companies-public-that-dont-have-at-least-one-diverse-board-candidate-ceo-says.html
※6: 2020 December, Luisa Alemany, Mariarosa Scarlata , Andrew Zacharakis, Harvard Business School Publishing, https://hbr.org/2020/12/how-the-gender-balance-of-investment-teams-shapes-the-risks-they-take
※7: 男女共同参画局, 上場企業における女性役員の状況,
https://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/yakuin.html
※8: ウォールマート, https://corporate.walmart.com/global-responsibility
※9: The Sustainability Consortium, https://www.tsc10.sustainabilityconsortium.org/