働き方の「自由」を求める声の高まり

ちょうど一年前の私のカレンダーを見返してみた。マレーシア旅行に行っていたようだ。首都クアラルンプールではKLタワーやペトロナスタワー眼下の景色を、世界遺産都市マラッカでは風情ある街並みとその賑わいを楽しんでいた。そのマレーシアは今どうなっているのだろうか。首都クアラルンプールでは感染者が急増し、移動制限や学校の休業措置が講じられている。呑気に旅行を楽しんでいる場合ではない。1年前と比べ、状況は一変していた。

日本に目を向けてみよう。全国でのコロナ感染者数推移を見ると、緊急事態宣言解除後の第2波も8月をピークに減少に向かったが、9月以降横ばい傾向が続いている。一方で、「Go To キャンペーン」の効果か、国内の観光地は活況を取り戻している。また、都心の繁華街も「密」には配慮しつつ、以前とさほど変わらない風景に戻りつつあるように感じる。

日本人の働き方に目を向けてみるとどうだろうか。半年前にはたどたどしかったオンライン会議も手慣れたもの。背景画像をあれこれ変えて楽しんでいたのが少し懐かしい。真夏の日中にスーツで外出することは、ただそれだけで結構体力を奪うものだが、今年の夏はそんな機会も激減したという方も多いのではないだろうか。

ここで、日本人の働き方に関するいくつかの調査を紹介したい。アデコグループが5~6月に実施した「“日常”の再定義:新たな時代の働き方とは」によると、「勤務場所を含めた、より柔軟な働き方を求める」と回答した人の割合は64%。日本生産性本部が5月と7月の2回に分けて実施した「働く人の意識調査」では、「コロナ禍収束後もテレワークを行いたいか」という問いに対し、「そう思う」「どちらかと言うとそう思う」という肯定的回答を行った人の割合が、5月の62.7%から7月には75.6%と増加している。これらのことからも分かる通り、働き方の「自由」を求める声がかつてないほどの高まりを見せている。

「自由」と同時に与えるべきもの

こういった「民意」を踏まえ、働く場所の「自由」を下支えする制度を先進的に導入している企業も出てきている。

  • ソフトバンクが、在宅勤務手当支給開始
  • SMBC日興証券が、サテライトオフィスを100拠点整備
  • 明治安田生命、アフラック生命が、地方で働きながら本社部門に所属する社員を募集

価値観が多様化していく中で、十分な人材を獲得、リテインするための施策として、上記の様な取り組みは素晴らしい。しかし、やや性悪説的ではあるが、「自由」をただそれだけ単体で社員に付与することにはリスクが伴う。悪意を持てば「サボる」ことができてしまう。従って、「自由」を与えるのであれば、その環境下で「自律」を促す仕組みを併用することが大切となってくる。ここで重要なキーワードが、「責任」である。

1世紀遡るが、オーストリアの精神科医で、精神分析学の創始者として有名なフロイト(1856~1939)は、以下の様な言葉を残している。

 

「ほとんどの人間は実のところ自由など求めていない。
なぜなら自由には責任が伴うからである。
みんな責任を負うことを恐れているのだ。」

 

現代に目を向けてみる。動画配信サービスで高業績を維持しているネットフリックスにもその背後に「自由と責任の文化」があるという。元人事最高責任者パティ・マッコード著「ネットフリックスの最強人事戦略」の中でも以下の様に記されている。

 

「実績のある人材を信頼して自由裁量を与え、
それとひきかえに番組の質に関する責任が
彼らにあることを理解させる」

 

この様な例からも「自由」と「責任」は対をなしていることが求められる。そうすることで、「サボる」リスクが回避され、「自律」が促される。

 

「メンバーシップ型」vs「ジョブ型」

ここで、「自由」と「責任」の組み合わせから、昨今の「メンバーシップ型」「ジョブ型」の議論を整理していきたい。横軸に社員から見た働き方、キャリア形成に関する「自由度の高さ」、縦軸に「責任の重さ、または明確さ」を取ると、以下に示す4つの象限に分けることができる。

この中で、左下の象限に相当するのが「メンバーシップ型」、右上の象限が「ジョブ型」と大別できる。何れにしても「自由」と「責任」はバランスしている。

一方、「責任>自由」となっている左上の状態を「束縛」状態、「責任<自由」となっている右下の状態を「放置」状態と言うことができる。何れも不均衡な状態であり、看過し続けることはできない。「束縛」状態が続けば社員が疲弊するであろうし、「放置」状態では企業が業績を維持することは難しい。

 

では、コロナ禍が始まり半年以上を経た多くの日系企業の現在地は、どこの象限に当てはまるのであろうか。

もちろん「メンバーシップ型からジョブ型へ」という議論は、コロナ禍前から活発化していた。経団連中西会長の「企業から見ると、(従業員を)一生雇い続ける保証書を持っているわけではない」や、トヨタ自動車豊田社長の「なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」といった言葉が大きな契機となり、「左下から右上へ」という議論が活発化していた、その最中にコロナ禍に入った。

結果として、前述の通り、「自由」を求める声が急速に高まり、「自由」を与える代わりに社員にどういう「責任」を引き受けてもらうのか、十分な議論がなされないままに、右下の「放置」状態に「突入」した企業が多いのではないだろうか。そして、この不均衡な状態を是正するための「切り札」として、右上の「ジョブ型」への移行検討を進める会社が増えている、という構図になっていると私は考える。

実際に、コーン・フェリーが4~5月に日本において74社を対象に行った「職務型(=ジョブ型)人事制度の実態調査」でも、「職務型人事制度の導入済、または検討を進めている」と回答した企業が1000人以上の大手企業を中心に全体の約7割に上った。また、「導入、検討目的」の1位は「貢献度に応じた適正処遇」、2位は「職務内容の明確化」となっている。それぞれ「責任の全う度に応じた処遇」、「各職務に求める責任の明確化」と言い換えることができる。即ち、職務型人事制度の導入、検討を行うことを通じて「責任」とは何なのか、に真剣に向き合おうとしている企業が増えている証左と言える。

 

「ジョブ型」移行を成功裏に進めるコツ

では、「ジョブ型」移行を推し進めるという前提に立ち、どうすれば成功裏に進めることができるのか、を前述の4象限モデルをベースに考えていきたい。

上方の象限を目指す、即ち「責任」を明確にすることは、特に経営層にとってメリットが大きい。具体的には、以下の点が指摘できる。

  • 会社の業績向上に向け、各ポジション、社員にどういう「責任」を全うしてもらいたいかを明確にできる
  • その「責任」を全うするためにどういう能力を獲得すべきか、社員に考えてもらう契機を与えることになり、自律的成長を促すことができる

一方、社員にとってはどう映るであろうか。ただ上方に引っ張るだけだと、「束縛」感だけを社員に与えてしまうのではないだろうか。従来の「メンバーシップ型」の場合、責任範囲が不明確であったため、「責任」を明確化されることに対して、ある種の「圧迫感」を感じるのではないだろうか。

従って、「ジョブ型」を導入するのであれば、「責任」を明確にする代わりに、どういう「自由」を認めるのか、について合わせて議論することで、社員にとってのメリットにも訴求する必要がある。

  • 働く場所の「自由」(在宅勤務の推進、サテライトオフィスの設置等)
  • 働く時間の「自由」(週休3日制の導入、コアタイム廃止等)
  • 責任を全うするプロセスの「自由」(プロセス評価項目の見直し、プロセスVS業績評価の処遇反映ロジックの見直し等)
  • キャリア形成の「自由」(ジョブ・ポスティング制度の導入、「出戻り再雇用」の制度化等)

上記の様に、「自由」と「責任」をバランスさせることで、経営層、社員双方にとってメリットのある仕組みとして「ジョブ型」が機能するのではないかと考える。

ここまで、「自由」と「責任」のバランスを保つ重要性とその方法を主にハード面(仕組み面)から紹介してきた。次回は、ソフト面(人材面)からどうやって「自由」と「責任」を調和させていくのかを論じていきたい。

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