多くの日本企業で社員エンゲージメントの低さが大きな経営課題となっている。エンゲージメントを高めるのに近道はなく、定期的にエンゲージメント調査を実施し改善活動に取り組むというサイクルを地道に回す以外にない。その模範的とも言える事例を紹介する。

日本企業の大きな課題の一つとして指摘される社員エンゲージメント。自発的に組織に貢献しようという社員の比率を高めないことには、グローバル競争に打ち勝つのは望むべくもない。コーン・フェリーの調査結果からも世界の好業績企業ではエンゲージメントの高い社員の比率が50%を超えるのに対して、日本企業では25%程度に過ぎないことが分かっている。ただし、個社ごとに見ればエンゲージメント値の高い日本企業は存在する。経営陣を巻き込み、調査・改善のサイクルを地道に回し続けることでエンゲージメントを向上させた企業の一つが、世界最大手のガラスメーカーAGCだ。

1907年創立のAGCは、ガラス・電子・化学品・セラミックスの4つの事業領域でグローバルに事業活動を展開している。グループ従業員約5万5000人、海外売上高比率約7割のグローバル企業である。歴史のある大企業かつ世界各地に拠点や工場を抱えるとなると、グループ全体としてエンゲージメントを高めるのは決して容易ではない。それにもかかわらず直近の2019年調査では「社員の取り組み意欲」指標が5ポイントアップで67%、「社員を活かす環境」指標が4ポイントアップで70%となった。グローバル基準と比較してもそん色のない数字だ。また、経年変化を見ても、両指標いずれも2010年から継続して向上している。どうやってこの成果を実現したのだろうか。

エンゲージメント調査は「企業の健康診断」

エンゲージメント調査は企業の健康診断に例えることができる。健康診断で大事なのは、①定期的に診断を実施し、②自身の健康状態を分析し、③生活習慣や体質の改善に励む、ことである。このプロセスになぞらえてAGCの事例を見ていこう。

まず、①定期的な健康診断の実施について。定期的に社員エンゲージメントレベルを数値化して把握するというサイクルを構築することが大前提となる。AGCは日本企業としてはいち早く、2005年から社員エンゲージメント向上の取り組みを開始した。2007年以降は3年ごとに調査実施というサイクルを維持している。回を重ねる度に対象者数と回答率(回答者数/対象者数)は上昇し、2019年調査では43の国・地域から約4万2000人が回答し、回答率88%を実現した。従業員の約7割が日本国外にいることを思えば、立派な数値と言える。グローバルで全従業員を調査対象とするとなると、様々な状況に置かれた各現場からの協力が不可欠となるが、AGCでは現場および人事部門に過度の負荷がかからないように3年ごとの実施としている。

これまでに6回の調査を実施し、調査を重ねるごとに対象者数と回答率が増加

現場の理解を得る上で鍵となるのが経営陣の巻き込みである。AGCでは 2025年のありたい姿として「人財で勝つ会社」を掲げており、高い意欲を持つ人財が果敢にチャレンジできる組織風土の醸成に取り組んでいる。2019年調査でも、課題や仮説に基づき調査を設計し、調査を通してグループ全体の組織風土を理解し、今後の経営に役立てるための手段とエンゲージメント調査を位置づけたのだ。そして、従業員向けにエンゲージメント調査を周知するためのウェブサイトを立ち上げ、CEO自らがメッセージを発信した。人事施策ではなく経営施策としたことが、高い回答率の要因となったと言える。

エンゲージメント調査を周知するためのウェブサイトを作成し、CEOメッセージ、調査マネージャーの紹介、調査分析結果、エンゲージメント向上活動好事例などを掲載

調査結果を「外部」「内部」のデータと比較し、課題をあぶりだす

②自身の健康状態の分析は、エンゲージメント調査で言えば結果の分析に該当する。調査で出た数値はそれ単体で見るのではなく、比較することで初めて意味を持つ。

比較すべきは「他社」と「自社」である。まず他社については、グローバル企業であるAGCは日本ではなくグローバルの数値をベンチマークすることで外部競争力を見極め、どうすればグローバル好業績企業の水準に達することができるか思案した。もう一つ比較すべきは、自社の過去データだ。前回調査と比べて向上/低下した項目はどこか、前回調査後に取り組んだ改善活動の成果は出たか。AGCの2019年調査結果について言えば、前回2016年調査時の改善活動が実を結び、2019年については全カテゴリーで改善が見られた。

すべてのカテゴリーが前回2016年の調査結果から改善した

この結果を社員にフィードバックすることも重要なポイントで、2019年で言えば、まず速報を調査3週間後に22言語で全従業員へ配布し、調査1ヵ月後には経営・部門トップ向けに報告会を実施した。その後、全従業員向け「エンゲージメント調査レポート」が、CEOのメッセージとともに配布された。

分析の肝となるのが課題のあぶりだしだ。過去との比較だけではなく、将来の理想像に対して現状を明確にし、ギャップを可視化していく。AGCの数値はグローバル他社と同水準に達しているものの、好業績企業トップ50社の平均には及んでいないことが課題として捉えられた。

また、AGCグループの強みとして多くの従業員が会社の方針や目標を理解し、納得していること、改善課題として良い仕事に対する認知と称賛、成長機会の提供、チャレンジする風土の醸成などが指摘された。日本と日本以外を比べると、すべてのカテゴリーで日本が下回っていた。スコアの改善幅も日本以外の方が大きい。特に「リソース」と「業務効率性」が最も乖離があり、この点も課題として捉えられた。

経営陣も巻き込んだ打ち手の数々

最後の③生活習慣や体質の改善は、②自身の健康状態の分析であぶりだした課題に対する打ち手となる。実は、ここは多くの日本企業にとってボトルネックとなっており、多くの企業が調査の実施や結果の分析だけで終わってしまっているのが実態だ。AGCでは、調査結果を踏まえてあらゆる階層において様々な施策を展開していくことで、組織風土改革につなげていった。

AGCが特に重視しているのは、人事主導ではなく現場が主体性を持って改善活動に取り組むことだ。具体的なアクションとして、まず職場単位のスモールミーティングがある。各職場において、リーダーがメンバーに調査結果を共有し、強みと改善課題について話し合うというものだ。メンバーの意見を集約しながら、できるところから適切な改善施策を策定、実施していく。人事部門も、現場リーダーが結果を丁寧に共有できるよう「スモールミーティング実施ガイドブック」や「1 on 1ガイドブック」を提供することで、リーダーたちが当事者意識をもって実践できるように支援している。

すべてのカテゴリーが前回2016年の調査結果から改善した

また、経営トップによる組織風土改革もさまざまな企画が行われており、企業全体でエンゲージメント向上に取り組んでいる。CEOによる海外拠点を含めた対話会も実施しており、2018年は135回、2019年は120回開催された。他にも80人の部長層が幹部対話合宿に参加したり、若手社員120名との対話イベントを開催したりした。また、以前から実施していた表彰制度(CEO表彰)の認知と称賛を強化した他、CEOの各拠点訪問時に調査結果を活用したり、働き方改革における在宅勤務制度の改定・拡大、女性活躍推進における諸制度の新設・改定などが行われた。これらの地道な改善活動が功を奏し、AGCのエンゲージメント水準は着実に向上しているのだ。

AGCでは過去6回の調査実施の中で地道に改善を繰り返してきたため、「エンゲージメント・マネジメント・サイクル」とも呼べる好循環が社内に蓄積されている。健康増進に特効薬がないのと同様、エンゲージメント向上にも近道はないことが分かる。

まとめ:本事例から得られる示唆

  1.  “人財で勝つ会社”になるための経営陣の本気度
    経営陣がフリーコメントすべてに目を通したり世界中で対話会を年間120回以上も開催したりするなど、経営陣が本気で改善に取り組んだ。
  2. “世界”をベンチマークする姿勢
    日本企業平均と比較するのではなく、グローバル企業として世界に追いつこう、この問題に正面から向き合おう」という姿勢で取り組み、世界を基準とした。
  3.  社員の“共感”を生むまで向き合う活動の徹底度
    エンゲージメントを高める上で大切なことは、社員の共感を高めること。企業戦略はなかなか末端の社員にまで伝わらないもの。どうすれば社員が共感してくれるかを考え、経営層自らが対話会を実施することで、社員の共感を得た。

「調査結果をもとに従業員とマネジメント、そして会社が様々な対話を通して問題解決方法を探って実行し、より良い組織風土の醸成につなげています。今後はエンゲージメントの強みを、会社の戦略に活かしていきたいと考えています。」(AGC株式会社 人事部 人事戦略統括担当部長

 

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