競技のフィジカル面については科学的な管理が進んでいるが、選手の指導・育成に関するマインド面については、ビジネスの世界で当たり前のことがスポーツ界ではまだまだ導入が進んでいるとは言えない。リーダーシップ開発の理論やアセスメントを活用することで、より世界と戦えるようにしようとする取り組みを紹介する。

近年、日本のスポーツ界は空前の活況を呈している。 様々な種目で日本選手が好業績を挙げるようになっているだけでなく、2019年ラグビーワールドカップ、2020 年東京オリンピック・パラリンピック(その後、2021年に延期が決定)、2021年ワールドマスターズゲームズ(30歳以上が出場資格を持つ世界最大の生涯スポーツイベント)とビッグイベントの日本開催が目白押しで、「ゴールデン・スポーツイヤー ズ」と呼ばれる。

フィジカル面だけでなくメンタル面にもサイエンスを導入するJSCの挑戦

競技のフィジカル面については日本でも科学的な管理が進んできたが、アスリートのマインド面についてはス ポーツ先進国に大きく劣後していると言われる。指導者の育成に関しても同様で、ビジネスの世界ではエグゼクティブや中間管理職にアセスメントを実施したりコーチをつけたりするのが当たり前になっているが、スポーツ界においては導入が進んでいるとは言いがたい。スポーツの指導者もリーダーシップ開発に関する理論や科学的アセスメント(評価)を活用しながら育成することで、日本はより一層世界と戦えるようになる。そう考えて取り組んでいるのが独立行政法人日本スポーツ振興セン ター(Japan Sport Council、以下JSC)だ。

スポーツ先進国では選手だけでなくコーチやスタッフも専従化と国際化が進行しており、その活動は一層高度化している。強化活動を適切に計画し実行していくためには、マネジメントに関しても専門の知識や経験を持った人材の需要が高まっている。2016年にスポーツ庁が発表した「競技力強化のための今後の支援方針」、通称「鈴木(大地)プラン」の中でも指導者層の強化育成について言及された。この方針に則り、JSCでは2018年よりハイパフォーマ ンス統括人材の育成プログラムを開発している。国際大会における安定的かつ持続的なメダル獲得の実現に向 け、各競技団体における指導力を強化すべく、ハイパ フォーマンスディレクター(HPD)およびワールドクラスコーチ(WCC)を育成しようというものだ。まずは求められる人材要件を定義してコンピテンシーを作 成。その上で、2年間にわたるプログラムが実施されている。本プログラムの参加者として選ばれたのは、各競技団体から推薦されたオリンピックやパラリンピックのメダリストを含むグローバルトップクラスの元アスリートや指導者等。将来の各競技団体におけるディレクターとコーチの責任者候補であり、各競技の将来をつくると言っていい精鋭たちだ。

フェーズ テーマ 内容
①個別アセスメント 「自分を知る」 行動特性把握ツールを活用し、様々な観点から受講者をアセスメント。結果をフィードバックし、自身の強み・弱みや行動変容を把握
②国内集合研修  「インプット(考え方・フレームワーク)」  日本におけるHPD/WCCそれぞれの資質を培う要素を取り入れたカリキュラムを提供
③国内実地研修 「アウトプット」 国内合宿研修でのインプットを実際の現場でトライし、振返る
④メンター制度 「様々な視点」 国内ロールモデルやビジネス界経営人材をメンターとし、現場の運営、指導や育成方法の参考とする
⑤海外研修  「新たな知見・ネットワーク」  JSCが連携協定を結ぶオリ・パラ強豪国における海外研修を実施


自身のリーダーシップ上の強みと弱みを把握するアセスメント

プログラムは5つのフェーズで構成される。このうち①個別アセスメント(自分を知る)について、グローバルでリッチなデータを保有し、リーダーシップ開発に関する実績も豊富なコーン・フェリーが担当し た。実施したのは、「リーダーシップ・スタイル調査」とパーソナリティ診断「Talent Q」。前者はリーダーが日常のマネジメントの中で頻繁に発揮している行動特性についてメンバーなど周囲からアンケートを取って診断するというもの。後者は職場における自分の行動をどのように認識しているかを測定する。

これらのアセスメントにより、参加者は自身のリーダーシップ上の強みと弱みを把握しコンサルタントから詳細なフィードバックと指導を受けることで自己分析し、お互いの状況に照らしてディスカッションし、各場面に応じた効果的なリーダーシップ・スタイルを身につけることとなった。

プログラムの効果を検証するために、リーダーシップ・スタイル調査は期間を置いて二度実施してBeforeとAfterの差異を明らかにした。もともと明確な目標に向かって集中して努力してきた元アスリートや指導者等だけに、その熱量は一般のビジネスパーソンとは別次元と言えるほどに高かったが、Afterの伸びも目を見張るものとなった。アセスメント結果を自己分析し参加者間で共有することで自己理解を深め、今後に向けたアク ションプランを立案するグループワークでの議論も非常に活発なものとなった。その後も参加者たちは、現場でのアクションプラン実践を継続・定着させ確実に行動変容するために、自身の振り返りとピアコーチングを定期的に実施している。

優れたコーチが優れたアスリートを育てるという好循環を生むために

本プログラムはこれまでに第1期生8名、第2期生12名が現在も受講している。もちろん統括人材の育成を強化したことで、すぐにメダル獲得といった目に見える成果につながるとは限らない。本プログラムのような活動を継続することが大事で、その効果は中長期の視点から検証する必要があるだろう。

日本のスポーツを強化するために必要なこととして、競技人口の拡大があることは間違いない。相手や状況に応じた適切なリーダーシップやコミュニケーションのできる指導者をより多く生み出すことが、競技のすそ野を広げ、競技力向上の礎となる。本プログラムが軌道に乗ったら、JSCではこれを持続可能かつ効果的な形で外部団体に運営を移管する予定である。このような活動を地道に続けることで、優れたコーチが優れたアスリートを育てるという好循環を生み、それがスポーツ界だけでなく日本全体にいい影響を与えることにもなるはずだ。
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