脱炭素社会は、政府、企業、NGOの3者が互いの専門領域や得意分野を活かしながら、業界や国境を越えた共創において進むべき道です。我が国の二酸化炭素排出量の8割は企業や公共部門からの排出(※1)と極めて高く、ビジネスが脱炭素社会において果たすべき役割は極めて重大です。第4回目は、こうした極めて難易度の高い社会的課題に対処するうえで「核となるリーダーシップの能力」について考察したいと思います。

  • 2013年、ヨーロッパ高級ブランドの縫製下請工場が多数入居したバングラデシュの雑居ビルが倒壊し、仕事と育児の両立のため子供を連れて作業していた女性を含む1,134名ものワーカーが犠牲になるという非常にショッキングな事件が起こりました。ラナ・プラザの悲劇(※2)として知られるこの事件をきっかけに、NGOの企業活動を監視する目は一段と厳しくなり、企業のサプライチェーンに関する顧客や株主に対する説明責任は経営上極めて重要なテーマとなりました。今年、環境NGOが日本のメガバンクの株主総会において株主提案を行ったというニュースや(※3)、海外当局がウイグルでの人権に関する懸念を理由に日本製品の輸入を差し止めたというニュース(※4)について記憶に新しい方もいるでしょう。21世紀の現代において、自社をとりまく地球規模の社会的インパクトに責任をもつことは、グローバルにビジネスを展開する企業にとってことのほか無視できない経営上のリスクとなりました。
  • 昨年、コーン・フェリーは欧米を中心とした223人の企業のCEOと取締役を対象に5年後の企業の未来予想に関するアンケートを実施しました。アンケート結果によると、多くの経営者がこれからの5年は今まで以上に社会と環境に対する取り組みが必要であり、企業のリーダーは社会のリーダーとして行動する必要がある、などと回答しました(※5)。また、アンケートに回答した57%が、サステナブルな社会実現においては「取締役にもっと多様性とより広い社会からの視点が必要」とも回答しました。もっと多様な意見を聞きより広い社会と連携していく必要があるというのが回答の理由でした。脱炭素を先攻する欧米企業のこうした動向は大変興味深く、日本企業の1つのベンチマークーになりえるだろうと思います。
  • こうした世の中の潮流を踏まえたリーダーシップとはなんでしょう。経済成長期においては、大先輩が自分の成功談をもとに今後何をすべきかを後輩に具体的に教えることで、安定的で高い品質を提供することに成功してきました。これから我々は前例のない時代に突入します。そうした時代においては、自分を信じる以上に他人を信じる強さがカギになるのではないかと思います。私はその中心となる能力はEmotional Intelligence(EI: 感情的知性)(※6)ではないかと思っています。
  • EIは、90年代後半に行動心理学について沢山の著書を出しているダニエル・ゴールマンによって有名になった概念で「自分自身の感情や周囲の人の感情の動きを理解、認識し、自己を動機づけ、そして自分や周囲の人の感情を効果的にマネジメントすることで建設的な関係を築く能力」です。自分のことを理解できていないリーダーは、他者を理解することはできません。自分の心の舵をとれないリーダーは、自分が思い描く未来に向かって他者を動かすことはできません。EIに優れたリーダーは、人間の「感情」の仕組みを脳科学や心理学のアプローチから理解し、自分と立場の異なる相手や状況にも興味と共感を示します。こうしたリーダーシップこそが、これから突入する不安だらけの未知の世界には必要であり、サステナブル・リーダーシップのコアではないかと考えています。
  • ラナ・プラザの悲劇が起こる1年前、悲劇を予見するかのようにパタゴニア社の創業者でありオーナーであるイヴォン・シュイナードと、フットプリント・クロニクルが『レスポンシブル・カンパニー』を出版しました。著書の中でイヴォン氏は、「現代の企業は、社員の気持ちを駆り立てる努力をしなければならない。社員からの信頼を勝ちとり、会社のために一生懸命に働こうと思ってもらわなければならない。オールドエコノミーが崩壊する前に、どうすれば新しい屋根がかけられるのか知恵を絞ってもらわなければならない。(※7)」と語っています。社員と信頼関係を築き、社員のエンゲージメントを高めることで会社が社会に貢献する方法を自発的に考え行動させることができるのは、EIを核としたリーダーシップそのものではないかと思います。

EIは米国で科学的に概念化されたことで一気に広まりましたが、仏教や禅の考え方にも通じる考え方です。混沌とした現在の世情において、日本が持てる素晴らしい人材、技術、アイディアを活かし、サステナブルな領域でアジアや世界に日本がどれだけ存在感を示せるかが、とても重要になると感じています。企業の規模や業種、年齢や地域に関係なく、日本中にもっと多くの社会のリーダーとなる企業リーダーが育ち、活躍することを願ってやみません。変革を起こすのは「人」です。コーン・フェリーはEIを開発可能な行動特性と定義しており、組織と人に関する長年の研究によりEIの能力開発のノウハウを蓄積しています。EIの能力開発アプローチについては、別の機会にこのKorn Ferry Focusで解説したいと思っています。

 

※1: 環境省 「我が国の温室効果ガス排出量 及び炭素・エネルギー生産性の現状等」

https://www.env.go.jp/press/conf_cp03/mat03.pdf

※2: Nikkei Inc. 2013,  「バングラデシュビル崩壊、死者151人に 負傷者は千人」https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2500L_V20C13A4CR0000/

※3: alterna (2021 June) 「環境NGOも「モノ言う株主」として存在感」

https://www.alterna.co.jp/38545/

※4: Nikkei Inc. (2021 July) 「ファストリ、仏当局の捜査に「全面協力」」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0239C0S1A700C2000000/、(2021 May)「米税関、ユニクロシャツの輸入差し止め ウイグル問題で」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB199F80Z10C21A5000000/

※5: Korn Ferry(2020). 「THE CEO FOR THE FUTURE In 2025: the “E.C.O” CEO」

※6: Emotional Intelligence (EI: 感情的知性):自分自身の感情や周囲の人の感情の動きを理解、認識し、自己を動機づけ、そして自分や周囲の人の感情を効果的にマネジメントすることで建設的な関係を築く能力」と定義されている能力。詳しくは、ダニエル・ゴールマン(著), 『EQ こころの知能指数』土屋京子(翻訳), 講談社+α文庫、1998

※7: イヴォン・シュイナード+フットプリント・クロニクル(著), 『レスポンシブル・カンパニー:パタゴニアが40年かけて学んだ企業の責任とは/日本語版』, 第1章生きるために『現代の企業は ... ならない。』, 井口耕二(翻訳), ダイヤモンド社, 2012, (Kindle) https://www.patagonia.jp/product/patagonia-books/BK232.html

 

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コーン・フェリー・ジャパン プリンシパル

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